第二十三話 ケルン

2020年12月20日

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「う……」

 マナは最悪の気分で目を覚ました。
 少しめまいを感じる。何があったのか記憶もあやふやだ。

 体を起こして周囲を確認して、自分の現在地を確認する。

 石の床に、鉄格子、部屋は薄暗い。
 マナが横たわっていた場所には、薄い布が敷いてあった。
 この程度の布では、石の床に直接寝ているのとあまり違いはない。随分長い時間ここに寝ていたのか、体の所々が痛い。

(牢に閉じ込められているようだね……それも囚人を入れるようなガチの牢に)

 バルスト城のように、マナになるべくストレスをかけさせないようにする、質の良い牢ではなかった。

 なぜ自分がここにいるのか、記憶を探る。

(クランプ薬の匂いをかがされた。誰に……? パラソマはケルンに何か策があると言っていた。それと無関係である可能性は低いよね。何でケルンがアタシを攫うのか、理由は分からないけど)

 狙いはジェードランであるとマナは思っていたので、自分が狙われるとは想定外であった。

(ジェードランは飛王の命令でアタシを牢に閉じ込めた。つまり閉じ込められなかった場合、ミスになって罰せられるよね。今は飛王がアタシの血を得て、用済みになっているから、飛王がジェードランの事を罰することはないけど、ケルンがそれを知らなくてもおかしくはない。アタシを攫う事でジェードランを失脚……じゃないか……脅すことが目的?)

 ケルンの目的を予想している最中、足音が聞こえてきた。
 徐々に足音は大きくなってくる。どうやらマナの入っている牢に近付いてきているようだ。

 剣を腰に差した翼族の兵士が入ってきた。

 牢を開けると、マナの目に布を巻いて目隠しをする。

「な、何で目を隠すの?」
「暴れるなよ」

 兵士はそう言って、マナを担ぎ上げた。

 いきなり怖くなるマナ。

 ケルンが実は全く関係なく、ただ単に人さらいの変態が城に紛れ込んでおり、何か変なことをさせられるのではないか。
 そんな想像が頭によぎる。

 しばらく運ばれ、椅子に座らされた。

「わっはっはっは!! 作戦は成功したようじゃな!!」

 女の声が部屋に響いた。

 この声は聞き覚えがあった。
 パラソマの声にそっくりなのである。
 そっくりであるが、どこか違うので別人の声であることは分かった。何より声質だけでなく、口調が全然違う。

「わしの名はケルン・プラネット。マナフォース姫。お主を歓迎するぞ」

 ケルンはパラソマとほぼ同じ容姿を持つ女であった。
 城主の間にある、一際大きな椅子にふんぞり返っている。彼女の両脇には家臣が二人。そのどちらも、ケルンに見出されて、重役に付いた優秀な家臣である。

 マナは目を塞がれているので、その部屋の様子を知ることは出来なかった。ケルン以外にも誰かいるという事は、気配で理解はしていた。
 
(やっぱりアタシを攫ったのは本物ケルン?。でも、じゃあ、何で目隠ししたんだろう? どういうこと?)

 ケルンが特殊な趣味を持つ、変態であると可能性が頭によぎり、不安が増大する。

「そう怯えるでない。現時点でお主に危害を加えるつもりはない。なぜわしがお主を攫ったのか、なぜ目隠しをしているのか、包み隠さずここで話そう」

 包み隠さず話すと言っているがそれが本当か疑問はあったが、マナは黙って聞くことにした。

「わしは、情報を調べるのが得意でな。色んな城に、情報収集役の密偵を忍び込ませておる。ジェードランはアミシオム王国の中でも、トップクラスの実力者じゃ。その男の情報を得るがため、密偵を忍び込ませるのは当然の事なのじゃな。そこで、最近バルスト城に奇妙な出来事が起こっていると報告を耳にした。何やら人質として囚われている姫に、ジェードランと、カフスなどが従い始めたというではないか」

 マナは、ケルンが思った以上に切れ者であると知った。

 内部の情報をそこまで握られているとは、完全に予想外であった。

「これには何かありそうだ。人間の姫には他者を従わせる力がある。わしはそう思ったが、まだ完全な証拠はない。ジェードランやカフスがただのロリコンである可能性も否定は出来んからな。じゃから、もっと詳しく調査をしていたところ、ジェードランの方からパーティーに参加しないかと声がかかった。このパーティーはわしを従わせるための、呼び寄せたのだと推測し、策を立てた。替え玉をパーティーに参加させると、向こうから接触してくる。普通は絶対に自分の正体を漏らさないよう教育してある替え玉がそれを話したら、姫には何か特別な力がある可能性が高いじゃろうから、話したら煙玉を使い姫を連れ去る。その作戦は見事成功した」

 ケルンの話を聞き、マナは只者ではないと思った。
 情報を的確に収集し、その上で効果的な作戦を立て、それを成功させる。並大抵の頭脳では出来ないことである。

「アタシに力があるからって、何で連れ去る必要があるの?」
「それは当然、その力を利用するためじゃ。他者を従わせる能力を我が物と出来たら、この国を支配……いや、大陸全土を支配することが出来る」
「……確かにそれはそうね。アタシを脅してその力を使わせるつもりなのかもしれないけど、逆に従わされると思わなかった?」
「そのための目隠しじゃ。わしの知識を侮るでない。お主が他者を従えているのは、スキルがあるからじゃろう? 人間には全員に何らかのスキルがあり、基本的には使えんのじゃが、極まれに使えるスキルを持つ者が現れる。その記録は書物にも残っているが、150年前、目を合わせたものを従わせる『魅惑』というスキルを持った女がいたらしい。その女は能力を私利私欲のために使わなかったため、大陸が女の支配下に置かれることはなかったが、仮に持っていたら、今はその女の子孫が皇帝として君臨していたじゃろうな。お主にあるスキルもこの『魅惑』じゃろう?」

 大した知識量だとマナは思った。
 150年前にいた人間の事を知っているなんて。

 ただ、今回の予想に関しては外れである。
 マナのスキルはそこまで強力ではない。

(この状況なら、アタシのスキルの方が強いけどね)

 目が見えないと、相手の情報が得られないので不便だが、魅了出来ないというわけではない。

 ケルンが自分の力を利用しようというのなら、魅了するチャンスはこれから何度でもあるだろう。

 この状況は悪くないと、マナはほくそ笑む。

(とにかく、アタシのスキルについて誤解された状況は、都合がいいから、ここは見破られたフリをしておこう)

 マナはそう思い、

「う……その通り……何で分かるの?」

 苦しんだ演技をしてそう言った。

「わっはっはっはっは!! それは我が天才だからだ!! どうじゃ、目隠しをしておれば、わしを従わせることは出来んじゃろう」

 ケルンは、ジェードランと同等か、それ以上の自信家であるとセリフから推測した。

 出世するためには、自信があるといいかもしれないが、マナのスキルに自信家が弱いのは、ジェードランで証明済みである。
 ここはジェードランを魅了したときと、同じ方法で魅了しようとマナは決めた。

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