第十六話 ほっと一息

2020年12月20日

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 飛王エマが去っていったあと、マナはほっと一息ついていた。

(……あれが飛王か……女だったのは意外だったけど……何か凄く気難しそうな感じだったな)

 マナは、エマの印象を再確認していた。
 気難しそうな性格で、怖いところもある。
 ただ、理由は自分でも分からないが、マナはエマに強い興味を抱いていた。
 エマの事をもっと良く知りたい。そう思っていた。

(でも魅了は出来なかったしな……そもそも出来るのかな……何で???って表示されたんだろ。もう一度会って魅了してみたいけど……でも次会ったら殺すって言ってたからなぁ)

 あの言葉が真実であるかは分からないが、嘘ともまた断言できない。
 それ以前にもう二度と会う事はないと言っていたため、面会をしたいと思っても応じてくれないだろう。

 結局飛王の魅了は現時点では不可能と結論しか出なかった。

(うーん、エマの事もっと知りたいんだけどなぁ。でも、何でこんなに興味が光れるんだろう……?)

 マナは自分でも、エマの事が気になる理由が分からなかった。

 記憶を取り戻すという大事な目的があるため、マナはなるべくエマの事は忘れるよう努力した。

 突然、部屋の扉が乱暴に開けられた。

「マナ様!!」

 ハピーが大急ぎで飛び込んできた。

「ご、ご無事でしたか!? 怪我などはありませんでしたか!?」
「うん、大丈夫。大したことはされてない……って何でいきなり服脱がそうとしてんだ!!」

 いきなり服を脱がそうとしてきたハピーの頭に、マナは肘打ちを食らわせた。

「……か、体にお怪我をなさっていないのか、心配になりまして」
「大丈夫だから! 全くアンタの方が、飛王よりよっぽど危険だよ」

 油断も隙もないと思いながら、マナは乱れた服を正す。

「飛王の奴、何が目的で来たんだ?」

 ジェードランが続いて部屋に入ってきて、マナに質問をした。

「アタシの血を取りに来たみたい」
「血? 何に使うんだ?」
「さあ?」

 血を取られたという話を聞いたハピーが飛びあがる。

「血ですと!? け、怪我をさせられたという事ですか!? どこを!?」
「指の先をちょっと切っただけだから」
「そ、そんな! 非道な! 許せん飛王! 傷口をお見せください! 私がなめて治して差し上げます」
「うん、やめろ」

 マナは、迫ってくるハピーを押しのける。

「……しかし、血を採っていくなんて……あの飛王……もしやとんでもない変態なのでは?」
「アンタがいうな」

 ジェードランの後ろから、さらにカフスも入ってきた。

「しかし、少々意外でした。俺は飛王も、マナ様が手下にすると思っていましたから」
「しようと思ってたけど、出来なかったの」
「そんなこともあるのですか」

 カフスは意外そうな表情を浮かべた。

「何と、飛王はマナ様の魅力が分からぬ、愚か者のようですね。あのものは討ち取った方が、この国のためになります」

 ハピーは、飛王が手下にならなかったことに、強い怒りを覚えているようだ。

「討ち取らないから」
「仮に討ち取れと命令されても無理だろうな。奴は一人で来ていたが、束になっても勝てる気がしなかった」
「え? そこまで強いの?」

 強いだろうとは思っていたが、一人でこの城の者たちを全て倒せるレベルであるとは思っていなかった。やはり会うのは危険そうだと、マナは考える。

「そんなに強いとなると怖いけど、もう飛王は用済みだから、会う事はないって言ってたし、別にいっか」
「用済み? もしかして血を採る以外に、お前を捕らえさせた理由は何もなかったのか? 人質にしているというわけでもないのか?」
「どうやらそうみたい」
「でも、それなら飛王はマナ様を殺していきそうなものですがね。飛王の人間嫌いは本当に凄いらしいですし」
「アタシは何か知り合いに似てるんだって。だから殺気も感じなかったし」
「知り合い……? それはまた運が良かったな」
「マ、マナ様に似ているというお方がいるのですか……? 一目見てみたいものです……あ、こ、これは浮気ではなく単純に興味があるからですね……」

 いきなり弁明を始めたハピーを、マナは無視する。

「そんなに飛王って人間が嫌いなの?」
「国内の無実の人間を何人も殺している上に、人間排他政策を積極的に行っている。最終的に攻め入って滅ぼすつもりだという噂が流れるくらいだ」
「ほ、滅ぼすって……」
「まあ、アミシオム王国の国力で人間の国家全てを滅ぼすのは、不可能だがな。一国対一国でも勝てるか分からん」

 自分がエマの知り合いに似ていたからか、そんな事をするくらい、人間を憎んでいるとは直接話をした印象では受けていなかった。
 話を聞かされ、マナは疑問を口にする。

「何で飛王は人間をそんなに嫌っているんだろう? 人間と魔族は仲良くなって話だし、翼族だけ例外ってことはないでしょ?」
「翼族全体だと人間より、鬼族の方が嫌われているくらいだ。飛王がなぜ人間を憎んでいるのかは知らんな。過去に何かされたのかもな」

 ジェードランが推測した。

 エマの事が気になって調べたいと思うマナだったが、記憶を取り戻すという目的を果たすこととは、無関係である。

(これ以上は、エマの事は深く考えないでおこう)

 マナはそう思ったが、それでもどこかエマの事が気になっている自分がいた。

「飛王様、お帰りなさいませ」

 飛王、エマ・サンハインは、自身の治める飛王城に帰った。

 正式名称はパーナマイト城だが、飛王が治めるため飛王城で通っている。
 飛王城は、アミシオム王国で一番大きな城だ。
 大きさだけでなく、美しさも一番であると言われている。

 白色の石材が建築資材として使用されおり、正五角形の白い城壁と、角に設置された白い塔。丁度城壁の中心地点に、緻密に設計された巨大な城館が建っている。その美しい白はこれまで多くの者を魅了してきた。

 エマは向かう時と同じく、帰りも空を飛んで帰った。

 馬で行くと飛王城からバルスト城まで、最低でも一週間は時間を要するが、四対八枚の翼を持つエマなら、一日あれば飛んで戻ることが出来る。

 エマは城の中に入る、自分の部屋へと入った。

 バルスト城に行き、マナから採取した血を自室の金庫に収める。

(人間の姫の血は手に入った。計画はもうすぐ最終段階に移行する)

 この血はとある計画を実行するため、必須の物であった。

 部屋に戻ってから次にやるべきことを練ろうとするエマであったが、その前にバルスト城で会った人間の姫の顔が思い浮かぶ。

(似ていた……あいつが幼ければああいう顔だっただろう。似ていたのは顔だけでなく、喋り方の癖などもどこか似ていた……よく考えれば、名前にも共通点がある)

 エマは、マナの事が気にかかっていた。
 しかし、共通点があるからと言って、マナは大嫌いな人間である。そんな者を気にかかっている自分に腹が立ってくる。

「あれは人間だ……それ以上でもそれ以下でもない」

 自分を律するようにエマは、そう呟いた。

「計画を進めることだけを考えなくては」

 エマは地図を取り出す。

 そして、取る地点を指さした。

「次はポーラハム神殿か……」

 その後家臣を呼んで、エマは戦の準備をするように全員に通達するよう伝令を出した。

「もうすぐだ……もうすぐ復讐が叶う……」

 エマの無表情で呟く。

「あんな子供の事など、気にしている暇はないのだ」

 そう呟きながら、その人間の姫の事が、どこか頭の隅に残り続けていた。

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