36.リコの戦い

2020年12月20日

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「勝ったか……」

 オオシマはHPがなくなり、前のめりに倒れた。

 念のため死んだのかを確認。
 心臓の鼓動は止まっている。完全に死んでいた。

「倒せたようだ」
「やったにゃー!」
「さすがテツヤじゃな」

 俺は倒せてホッとしたが、ここで終わりではない。
 勇者を倒しても戦争は続く。

「テツヤ、こいつはまだ吸収してはいかんぞ。敵に勇者を倒したと知らしめてから吸収せねばならん」
「大丈夫だ。そもそも俺はこいつを吸収する気はないよ」

 悪党とは言え、こいつも人間である。
 人間を吸収するというのは、流石に気が引けた。

 タケイは吸収することになったが、あれはあくまで深淵王(アビス・キング)に体を乗っ取られた状態だったからで、本当は吸収などしたくはない。

 まあ、合理的に考えれば吸収すべきだというのは、理解している。こいつの盾のスキルは間違いなく強力なだからな。
 それでも人間を吸収するということは、やりたくはなかった。

 メクは俺の気持ちを察してくれたのか、これ以上は追求しなかった。

「よし、まだ戦いは終わりじゃない。リコたちは戦っている。勇者が倒されたということを知れば、敵も士気を落として、逃げ出すはずだ。急いで向かうぞ!」

 俺たちは急いで町へと戻った。

 時間は遡り、テツヤたちが勇者を倒しに行った直後。

 リコは部下たちと共に、次々に侵入してくる敵軍と戦っていた。

 戦いが起きる前は、リコは戦う覚悟を決めていたと思っていたが、いざ始まるとその覚悟が甘かったのだと思い知らされた。

 敵も味方も、次々に血を流して倒れていく。
 リコはこの世界に来てから、日本にいたことよりも血を見る機会は増えていた。魔物にやられた人間の死体を目撃したこともある。多少なりとも耐性をつけていた気であったが、それでも戦の風景を見て衝撃を受けていた。

(……駄目……気をしっかり保たないと!)

 リコは自分の頬を強く叩いた。
 今のリコは、戦う力のない女子高生ではない。
 レベルが40以上ある、ヴァーフォルの中でも最上位格の強者である。
 それが戦えないなどと言ってはいけない。

 リコの仕事は主に魔法を使うことだ。

 魔法は難易度の高いものを習得するには、長い期間修行する必要がある。異世界に来て、まだまだ日が浅いリコは、初級の攻撃魔法しか使うことはできない。
 それでも役に立たないというわけではない。MPが豊富にあるリコは、初級魔法をかなりの回数放つことができる。初級とはいえ、連発すると効果は高い。特に今回のように弱いものも大勢いる、軍隊相手だと初級魔法で十分、大ダメージを与えることができるので、有効的であった。

 リコは何とか自分を奮い立たせ、勇気を出し、戦いに参加した。

 初級の攻撃魔法、【炎の矢ファイアーランス】を敵兵に向かって使おうとする。

 使う寸前、リコの頭に、これが当たった人はどうなってしまうのだろう、という考えがよぎった。
 リコは首を振る。ここで撃たず、街が侵略されれば、大切な人を亡くしてしまう。自分自身も無事では済まない。

(やるしか……やるしかないんだ!)

 リコは覚悟を決めて、【炎の矢ファイアーランス】を敵兵に放った。

 炎の矢が敵兵に向かって一直線で飛んでいき、燃やしていった。

 自分の放った攻撃で人が苦しんでいる。死んでいっている。
 リコはその衝撃的な現実を直視して、それでも街を守るという一心で心を強く保ち、戦い続けた。

 戦は時間が立つごとに苛烈さを増していった。

 壊された防壁から、途切れることなく敵が侵入してくる。
 何人倒しても、何人倒してもきりがない。

 長い間戦い続けて、リコは心も体も疲弊しきっていた。

 それでも来る敵は倒さなければいけない。
 リコは何度も魔法を放って敵兵を攻撃し続ける。
 もう何発撃ったかも忘れるくらいの数、リコは魔法を打ち続けた。

 しかし、リコの健闘むなしく、徐々に自軍の兵は押され始めていく。

 数があまりにも違いすぎた。
 前衛で何とか兵の侵入を押しとどめていた兵たちが全て討ち取られ、大量の敵兵が街になだれ込んできた。
 味方の兵たちが次々と討ち取られていく。

 リコは後方の建物の屋上から、魔法を乱れ撃ちしていたのだが、その建物付近に敵が迫ってくる。

「リコ様! このままではここにも敵が来ます! 逃げましょう!」

 近くで一緒に戦っていた魔法兵がそう叫んだ。

(逃げる? ここで?)

 リコは自分が逃げ出したらどうなるか想像する。
 この町の住民は蹂躙されるだろう。そしてその中には当然アイサもいるだろう。

 敵兵に見つかったらどうなるか。
 殺される、もしくは捕まって奴隷になり悲惨な生涯を送ることになるか。何にせよ不幸な目にあうことは間違いない。

 今すぐにでも逃げたいという気持ちはあったが、それでもリコは逃げるわけにはいかなかった。

 リコは力を振り絞って魔法を使い続ける。

「リコ様……」

 その姿を見ていた魔法兵たちも、逃げるわけにはいかないと魔法を撃ち始めた。

 敵兵たちは、魔法を使って攻撃をしてくるリコたちを発見する。
 建物の上にいるのを確認し、建物に入って上に登ってくる。

 兵士たちが屋上まで上がってきた。

「お、おいあいつ、聖女じゃないか?」
「聖女がいたぞ! 聖女だ!! 生け捕りにしろ!」

 大声で兵士たちが叫びなら、リコに迫ってくる。
 恐怖を押し殺し、近付いてくる兵士たちを魔法で倒していった。

 しかし、

「あ、あれ?」

 魔法が使えなくなる。
 MPがついに切れてしまったのだ。
 リコ以外の魔法兵たちも同じくMP切れで魔法が使えなくなってしまったようだ。

 敵兵が迫ってくる。

「ようやく観念したか」
「くそが仲間を何人もやりやがって」
「おい、やめとけよ。聖女は生け捕りだからな」
「ちょっとくらい味見しちゃダメなのか。結構好みなんだけど」
「駄目だろ」

 リコは敵兵の会話を絶望的な気持ちで聞いていた。

 もはやどうすることも出来ない。

 この町はこれから敵兵たちに蹂躙される。

 何一つ守り切ることが出来なかった。

 これから自分に降りかかってくるであろう不幸への恐怖感より、その事実への怒りの感情をリコは強く感じていた。

 自分が最初に勇者の下に行っていればこんなことにならなかった。止められても行けばよかった。リコは自分の行動を深く後悔していた。

 ふと気づくと、何やら視界が暗くなってきてた。

『力を貸してやろうか?』

 そんな声が聞こえてきた。無機質な本能的に嫌悪感を感じる声である。

 幻聴かと思った。
 こんな絶望的な状況に陥った自分が聞いている幻聴に過ぎないと。
 しかしそんな幻聴にでもすがりたいほど、リコは追い込まれていた。

 リコは、「貸してください」と返事をしようと口を開く。

 その時、

「勇者オオシマは討ち取った!」

 戦場に大声が響き渡った。

 〇

 俺たちはオオシマを倒した後、奴の死体を持ったままヴァーフォルに引き返していた。
 戦況はかなりまずくなっており、兵士たちが大勢街になだれ込んできている。

 俺たちはまず防壁に上る。メクとレーニャを抱えて、防壁の上に上がった。

 そして大声で勇者オオシマを討ち取ったと叫んだ。

 しかし聞いてもらえない。俺はそれほど声が大きいほうではなく、戦場の喧騒にかき消されてしまう。

「ぬう。声を大きくする魔法を使えればいいのじゃが、わしはこの姿になってしまっておるし」
「それって俺も使えないのか?」
「む? 魔法は呪文を唱えれば簡単に使えるし、増音の魔法はその中でも使用難易度が低い魔法じゃ。多分使えるじゃろう。MPは残っているか?」
「ああ」

 俺は呪文をメクから教えてもらい、魔法を使用した。
 初めて使用した場合は効果が薄いじゃろうから、重ね掛けをするのじゃ、とメクに言われたので、三回ほど使用する。

 そして俺は大声で、

「勇者オオシマは討ち取った!」

 と叫んだ。

 あまりの大声に耳がやばいことになる。思ったより音が大きくなりすぎた。
【自己再生(リジェネ)】で耳はすぐに良くなったので大丈夫だが。
 レーニャはあらかじめ耳をふさいでいたので、平気であったようだ。

 流石にこの大声に兵士たちは反応した。

 俺たちの方に視線を向ける。

 そして、オオシマの死体を目撃してざわつき始める。

「あ、あれは勇者様?」「し、死んでるだと?」「馬鹿な……殺されたのか? あいつに?」「ちょっと待てあいつ限界レベル1だぞ?」「でも勇者様は本物だ……」

 動揺しているみたいだ。

 すると指揮官と思われる人物が、

「動揺するな! あれは敵の罠だ!」

 と叫んで兵たちの動揺を立て直そうとする。

 これはまずいと反射的に感じた俺は、【隕石メテオ】を使用。それを戦場に落とす。
 一発だけではなく何発も立て続けに落とした。

 レベルが上がり巨大になった【隕石メテオ】が戦場に降り注ぐ。

 大勢の兵士たちが、隕石に潰され死んでいった。

「う、嘘だろ」「わ、罠なんかじゃない。この強さ」「本当にあいつが勇者様を殺したんだ」

 俺が勇者を倒すほどの強さを持っていると、分かってもらえたみたいだ。

 恐怖で錯乱した兵士たちの中に、逃げ出すものが現れ始めた。パニック状態になっている。

 そうなると、元々戦っていたヴァーフォル側の兵士たちが次々に敵兵を討ち取り始め、場は完全に混乱する。もはや敵の将ですら立て直すことは、不可能になっているみたいだ。

「撤退!! 撤退!!」

 敵将たちが叫び、敵兵が一斉に撤退を開始した。

 かなり危ない状況だったようだが、なんとか追い払えたな。俺はほっと胸を撫で下ろす。
 敵が街から逃げるのを上から眺める。
 ふと視線が建物の屋上に行く。

 誰かが戦っている。

 いや、あれって……

「リコ!?」

 よく見ると戦っているっていうより、何か連れ去られようとしている。

 助けに行かないと!

 俺は急いで防壁から、下にある家の屋根に飛び移る。

 メクとレーニャが驚く声が聞こえるが、説明している暇はない。

 俺は建物の上を飛び移りながら、リコのいる場所へと急いで向かった。

 非常に身体能力が強化されているので、リコがいる場所に行くのにそこまで時間はかからなかった。

 敵兵はリコを殺そうとしているわけでなく、連れ去ろうとしているみたいだ。
 ほかの兵士たちが撤退を始めているので、かなり焦っているように見える。
 俺は屋上に飛び移り、兵士たちを数秒で殴って気絶させた。

「テ、テツヤさん」
「もう大丈夫だ。俺たちの勝ちだ」

 リコはほっとしたからか、その場で座り込んだ。

「ありがとうございます……テツヤさん……」

 そうお礼を言ったリコの目には涙が浮かんでいた。

 何とか俺たちは勇者の侵略を防ぎきることに成功した。

 敵を追い払ってから数日が経過した。

 勇者が死んでも、もう一度攻めてくるかとも思ったが、予想に反して攻めては来なかった。

 敵にとって勇者の存在というのは想像以上に大きいものなのだろう。

「テツヤさん、本当にありがとうございました。テツヤさんがいなかったらどうなっていたことやら」

 俺はリコに改めてお礼を言われた。

「いや、俺は自分のために戦っただけだから、お礼を言う必要はないよ」
「それでも言わせてください。……あの時、たぶんですけど、テツヤさんの言っていた深淵王(アビス・キング)の声が聞こえたんです」
「!!」
「あのままだともしかしたら、意識を奪われたかもしれません」
「そう……だったのか」

 そこまでピンチだったとは、間に合ってよかったな。

「リコはこれからどうする気だ?」
「しばらくはこの町の復興に力を注ぎたいと思います。まあ、町はそこまで壊されてないですが、防壁はボロボロになっちゃってますし、それに兵士たちも大勢死んでしまって……悲しむ遺族の方たちにも何かしてあげないといけませんし」

 その言葉を聞いて、リコは本当にヴァーフォルの指導者みたいなものになっているのだと実感した。戦争で嫌な経験もしただろうに、下を向かない彼女の責任感の強さも感じた。

「テツヤさんはこれからどうするんですか?」
「そうだなぁー。元々刻印のことを調べるために、ここに来たんだし、しばらくは残って調べ物をするよ」
「あ、そうですか」

 俺が残ると言ってリコは嬉しそうな反応をしてくれた。俺も少しその反応で嬉しくなる。

「そうだ。図書館には特別な人しか読めない本があるんですが、テツヤさんたちにもそれを読めるようにしましょう」
「本当か?」
「ええ、テツヤさんはこの町を救った英雄ですもの。そのくらい当然です」

 とにかくより深い情報を調べられそうになってよかった。
 まあ、普通に誰でも読める本を調べ終えていないので、それを調べ終えてから特別な本を読むことになるだろうが。

 俺はメク、レーニャと一緒に図書館での調べ物を再開した。


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