第四十四話 白魔導の力

2020年12月20日

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 パーナマイト城、地下室。

「……これですべてそろった」

 怨念球の力を手に入れるため、エマは儀式の準備を行っていた。

 魔法陣を描き、その真ん中に怨念球を置く。その周辺に、マナから採った血、ドラゴンの心臓、高位翼族の血、つまり自分の血を置いていく。

 怨念球が作られたのは今より千年以上も前の話だ。
 当時は第一次人魔大戦が行われている頃である。
 四対八枚の翼を持つ、英雄的な翼族がいたが、その者は悲劇的な死を遂げた。

 その翼族は、怨霊となり死んだ地域一帯に災いを振りまいていたため、ほかの翼族が封じ込める。

 その翼族は精霊が使う術を教わって、それで怨霊を封じ込めた。その術は精霊術と呼ばれている。

 怨霊を封じ込めた球を怨霊球と呼んだ。
 ポーラハム神殿を作り、そこに怨霊球を納める。誰かに取られたりしないよう、土の精霊ドンダを守護者として契約をした。

 さらに、自信の弟子にもポーラハム神殿の守護を任せ、彼らは代々精霊術を受け継ぎ、神殿を守ってきた。

 精霊術は門外不出の術という掟があったため、ポーラハム村がプラニエルに襲われ壊滅した現代では、使える翼族はエマただ一人である。

 そのエマも、完全に習得する前に村を出たので、使えると言っても少ししか使う事は出来ない。戦闘では使えるレベルに達していないので、使う事はほとんどなかった。

 この怨霊球を持ち出してその力を使うというのは、ポーラハムの一族にとっては禁忌である。

 しかし、その禁忌を破ってでも、人間たちに復讐しなくてはならないとエマは思っていた。

 儀式を行う準備は完全に整っていた。
 怨霊球の力を得る儀式は、材料さえあれば手順は誰でも出来るほど簡単だ。今すぐにも行う事は出来る。

 しかし、エマは躊躇していた。

(マナ……)

 転生してまでマナが自分を追ってきていた。
 この時代にも、マナがいるという事実が彼女の決断を鈍らせていた。

 もう一度転生してから、やるかと考えるが、仮にそうしてもマナもまた転生をするだろう。
 そう確信があった。自分の事を覚えていなかったようだが、引継ぎのペンダントを使えば記憶も戻るだろうというのは、エマも知っていた。今頃記憶を取り戻しているだろう。

 何度転生してきても、マナは追ってくる。エマはそう確信があった。だから、儀式をするかしないかを選ぶしかない。

【殺せ、人間どもを殺せ】

 エマの脳内に声が響く。
 ポーラハム村の人たちが殺されてから、ずっとこの声を彼女は聞いてきていた。

 最初はラプトン将軍、彼を殺した後は、プラニエル二軍、それも殺し尽くした後は、人間を殺せと声が聞こえ続けている。

(マナ……マナ……)

 マナのためこの儀式をやるべきではないと、エマに残された僅かに正常な部分が全力で主張していた。

【殺せ! 人間を殺せ!!】

 しかし、その主張を声がかき消す。

 儀式をやめるか、このまま行うか。

 決断の時は迫っていた。

(私は……マナが……)

【殺せ!! 殺せ!! 人間を殺せ!!】

(マナが……)

【殺せ!! 殺せ!!】

 〇

 マナたちはパーナマイト城を目指して、進軍していた。

 少数で行くという事はせず、ポーラハム神殿に行った全員でパーナマイト城を目指す。
 マナは白魔導士で、自分で戦うのも得意だが、他人を強化するのも同じくらいに得意だ。
 大勢を一気に強化することも出来るため、なるべく味方は多いほうがいい。

 パーナマイト城は、神殿がある場所から結構距離がある。
 兵たちはかなり疲労していたのだが、ここで取り戻したマナの魔法が力を発揮する。

「エナジー!」

 マナがそう言って魔法を使うと、全員の疲労が瞬く間に吹き飛んだ。体力を回復する魔法である。本来は千人もの人数の体力を回復することなど、不可能であるがマナなら可能であった。

「これで皆動けるね」
「す、凄い。いきなり疲労が回復した」
「魔法とは便利な物なのじゃな……」

 ジェードランとケルンが感心している。

「マ、マナ様の力が体に流れ込んで……そう考えると何だかいけない気持ちに……」

 相変わらず気持ち悪い反応をするハピーを見て、こいつには魔法使いたくないと率直に思う。実力は間違いなく高いので、そういうわけにもいかないが。

 マナはそのあと、さらに全軍に『ゲイル』の魔法を使った。これは疾風のように、スピードを上げる魔法である。

 通常、これだけの人数に魔法を使えば、魔力が枯渇するものだが、マナはまだまだ平気であった。

 完全に疲労を回復し、さらに行軍速度を大幅に上げた軍勢はパーナマイト城を目指した。

 マナたちは、パーナマイト城付近にある砦などを全てスルーして、パーナマイト城付近に到着した。

 あまりに速度が速いので、後ろから襲い掛かったりすることが不可能なので、砦にいる兵士たちも、マナたちをスルーしか方法はなかった。

 高速で移動し、さらに森にいるため、パーナマイト城の者たちは自分たちの存在に気付いていないと、マナは予測していた。

「しかし、反則だなこれは……さぞ、お前が所属していたプラニエルとやらは、大活躍したんだろう」
「うん、あんときはエマもいたし、ほかにも強い人間が集まってた隊だからね。数は五百人くらいだけど、1万人以上の軍隊に勝ったりしてたかなぁ。野戦で」

 流石に戦力差二十倍を覆せるのか疑問に思うジェードランだったが、マナとエマの能力を知っている彼は、あり得ない話でもないと思った。

「それで、どうやってパーナマイト城に攻め入るかのう……」
「そりゃ正面突破だよ。それが一番早い!」
「マ、マナよ。それは些か短絡的じゃぞ。もっとよく考えて攻めねばならん」
「じゃあどうすえばいいの?」
「そうじゃな……城に忍び込んで、お主のスキルを使い、パーナマイト城の者たちの多くを味方にすればいいと思うのじゃ」
「なるほど……そうすれば確かにエマの味方を減らすことが出来て、止めやすいかもしれないね」

 無策で攻めるより何倍もいい作戦だとマナは思った。

 マナとケルンの会話を着ていたジェードランが、怪訝な表情で質問をする。

「待て、スキルとはなんだ」
「あー」

 尋ねられて、スキルの説明をしていなかったと思った。
 マナはスキルの説明を行った。

「お、俺はそんなもののせいで従わされていたのか……?」

 ショックを受けるジェードラン。

「不思議とからくりを聞いても、逆らおうという気にはなりませんね。はぁー……何とも恐ろしい力です」

 カフスはため息を吐きながら呟いた。

「ま、待って下さい。私のマナ様への思いはスキルによるものだったのですか?」

 焦りながらハピーは尋ねる。

「アンタは元からやたら高かったから、スキルのせいだけじゃないと思うよ」
「そうでしたか。でもスキルだったとしても別にいいですよね。マナ様を思う気持ちに嘘はありません。だから、これからもマナ様を四六時中拝んでいます」
「それはやめなさい」

 ハピーの遠回しなストーカー宣言を、冷たい表情でマナは却下した。

「じゃあ、私一人で潜入してくるから。皆はここで待機してて」
「な、なんじゃと!?」
「一人で行くのは危険すぎますマナ様!」

 心配した皆は、マナが一人で潜入するというと全力で止めに入る。

「大勢でぞろぞろ行ってら潜入の成功確率が下がるでしょ。アタシは一人でも大丈夫だから」
「そ、そう言ってもじゃな……」
「潜入に役立つ魔法も使えるし、大丈夫だから。皆ここで信じて待ってて」

 信じてといわれると、弱いので何も言えないようで、それ以上の反論はなく、マナ一人で行くことが決定した。

「じゃあ行ってくるよ」

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