第五十話 エマの下へ

2020年12月20日

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 飛王城に到着すると、あっさりと城門が開いた。ドールットは約束を守ってくれたようだ。

 ジェードランやケルンは、城門に近付くと強張ったような表情をしていたが、門が開いてほっとしたような表情になった。マナの事を疑っていたというわけではないが、もし罠か何かで敵が出てきたら一巻の終わりであるので、緊張していたようだ。

 全員で中に入ると、ドールットが出迎えてきたが、彼は困惑したような表情を浮かべていた。猫神の姿ではないからだろうと、マナは察した。急いでドールットの近くにより、考えていた嘘の理由を小声で説明した。

「ね、猫神様……ですよね? な、なぜ猫耳と尻尾が……」
「混乱させてごめんにゃ。実は神様であることは、あんまり言っちゃいけないことなのにゃ。普段はただの子供に見えるようになっているにゃ。集めてきた仲間たちは、私の事は猫神ではなく、猫神の声を聞ける不思議な子供ということになっているにゃ」
「そ、そうなのですか。しかし、なぜ私だけに正体を?」
「それはお主が、ほかの誰よりも猫を愛しているから、思わずにゃ。これはお主とアタシだけの秘密にゃ」
「ひ、秘密」

 その言葉を聞きドールットは目を輝かせ始めた。猫神に認められたと感じて、喜んでいるようである。

「それから、アタシの事は猫神様ではなくマナと呼ぶにゃ。あと、言葉遣いもこれからは普通にするから」
「はい、マナ様」

 説明をしたあと、好感度を一応確認してみたが200のままだった。ドールットの様子を見ても、疑っている素振りは見せていない。完全に信じていると判断した。

「それじゃあ早速アタシたちを飛王の下へと案内して」
「かしこまりました。飛王のいる地下へとご案内いたします」

 ドールットは案内を始めた。

 案内に従い歩きながら、マナは様々な記憶を思い出していた。初めてエマを見た時の事、初めて会話を交わした時の事、オムレツを作って上げた時の事、一緒に買い物に行ったときの事、不思議と嫌な記憶は浮かんでこなかった。

 最後に思い浮かんだのは、転生後、最後に会った時のエマの表情だ。

 あの時、エマは悲し気な表情を浮かべていた。記憶の無かったので、何であんな表情をしていたのか分からなかったが、今ならばそれがよく分かった。

「今行くからね……エマ」

 誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いた。

 親友を救い出すため、飛王城に足を踏み入れた。

 〇

 大広間を通り、奥にあるタペストリーのかかった石壁の前にドールットは立った。タペストリーをめくり、石を押し込むと壁が動き出し、人が通れるだけの穴が開いた。どうやら隠し扉だったようだ。

「この先に地下への入り口があります」

 ドールットはそう言って隠し通路を歩き始めた。マナも後に続く。薄暗い道を少しあるくと、梯子のかかった穴があった。

「これを降ります」

 一人ずつ順番に梯子を降りた。

 マナの連れてきた軍隊は総勢千人以上いたのだが、全員で行くには地下は狭すぎるので、選抜した100名で入ることになった。

 戦闘はあまり得意ではないケルンは上で待機することになった。本人は「絶対に一緒に行くのじゃ!」と断固として一緒に行くと主張していたが、マナから強い説得を受けて納得せざるを得なかった。

 百人全員が地下に降りた。再びドールットを先頭に歩き始める。

 数分間歩くと、突如悪寒を感じた。体の奥底にある、本能的な部分を直接振るわせるような強い悪寒だ。

 先に進むなと本能が頭に全力で警戒をかけた。緊張感が高まり、こめかみから顎に汗が伝い、ポツリと地面に水滴が落ちていった。

 周りを見てみると、皆一様に緊張した面持ちをしていた。強烈な悪寒を感じているのはマナだけではないようだ。

(先にエマがいるから……? でも、この世界に来てからもエマとは何回かあってるけど、こんな悪寒は感じなかった……怨念球の封印されている奴が原因か……)

 そうなると、すでにエマは儀式をある程度進行させている可能性が高い。

 ――早くいかないと!

「ドールット……急ぐよ」
「急ぎたいところですが……しかし、この異様な雰囲気は……慎重に行った方が……」

 ドールットは体を小刻みに震わせていた。異様な悪寒を受け、恐れを抱いているようだ。

「早くいかないと手遅れになるかも……」」
「て、手遅れに!?」

 そう聞いてドールットの震えが止まり、表情が引き締まった。早くいかないと猫たちが滅ぼされてしまうと思ったのだろう。マナの要求通り、急ぎ足になった。

 歩けば歩くほど、悪寒は強くなっていった。
 もうこれ以上進みたくないという気持ちを全力で抑え、ただ足を進める。

「おい! どうした!? 大丈夫か!」

 不意にジェードランの困惑したような声が聞こえてきた。咄嗟に後ろを見ると、兵士たちがバタバタと倒れていっている。

 慌ててドールットに止まるよう指示し、兵士たちの様子を確認しに行く。

 確認してみると、百人いた兵士たちのほとんどが倒れていた。無事なのはジェードランやカフス、ハピーなど実力の高い者たちだけだ。

 倒れている者たちは息はしているので死んではいなかった。ほっとけば死ぬというような重体でもない。気絶しているだけである。

「何があったの?」
「分からん……突然倒れていった……原因は……多分だがさっきから感じている、この嫌な気のせいだろうな」
「もしかして、実力があまり高くない人は、怨念の気に当てられて、気を失ってしまったのかも……」

 マナは魔法で治療しようと思ったが、だが、ここで起こしても起きた瞬間気を失う事になるだろうから、意味がない。魔力の無駄遣いである。エマを怨念を封印しなくては、気絶から立ち直らせることは出来ないだろう。

「兵士たちがこうなった原因は、怨念球にある。動けない物はここにおいて、まずは元凶を何とかしましょう」
「そうするしかないか……」

 ジェードランは兵士たちを置いておくことが心苦しいようで、拳をギュッと握りしめた。

 動けなくなったものは置いて、先へ進むことに。総勢百人いたが10人まで減ってしまった。

 マナの本領は他人を支援することで発揮される。人数が減るのはそれだけ痛手だ。

 負ける可能性が高まったが、それでもここで立ち止まるわけにはいかない。覚悟を決めて先へと進む。

 足を進めるたびに強くなる悪寒を何とか振り払い、歩を進め続けた。しかしの先に扉が見えた。

「あの扉の向こうに飛王はいます」

 ようやく到着したようだ。新たな脱落者は出ずに済んだため、扉の前にたどり着けたのは十人であった。

 マナ、ドールット、ジェードラン、ハピー、カフス、サイマス、その他二対四翼の翼を持つ、精鋭の翼族四人だ。全員、怨念が放つ悪寒に負けなかった。覚悟が決まった表情を浮かべていた。

 扉を開けるだけなのでもう案内はいらない。マナは十人の先頭に立った。

「――行くよ」

 躊躇せず扉を開いた。

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