32.戦力分析

2020年12月20日

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 俺たちは一度敵の戦力を見るため、防壁の上に立って、外にいる勇者軍を眺めてみた。

「これは……想像以上だな」
「そ、そうじゃな」
「多いにゃー」

 大量の軍隊が、ヴァーフォルを包囲していた。
 数万と言っていたが、そのくらいは間違いなくいそうである。

 軍隊は人間だと思っていたが、実際は獣人が多いようである。
 特に狼の獣人が多いようだ。

 占領した地域の兵を使っているのだろうか。
 それならあまり士気は高くないかもしれないな。
 勇者を見つけて倒せば、すぐに逃げていく可能性が高いと思われる。
 ただこの数の中、勇者のもとに行って倒すのは、非常に困難な気がする。

 外の兵士を見て、非常に不安な思いを抱きながら俺は防壁を降りた。

「どう思う?」

 自分より軍事に詳しそうなメクに、尋ねてみた。

「うーむ……数は確かにあまりにも多かったが、ほとんどが獣人兵で、恐らくあまり忠誠は高くない。じゃが、家族を人質に取られておる可能性が高いから、死に物狂いで戦っては来るじゃろう」
「人質か……」
「それでも、勇者が死ねばすぐに逃げ出すじゃろうがな。勇者への恐怖も獣人たちが、大人しく従っておる一つの要因であろう」
「勇者を倒せるか?」
「前回みたいに誘い出せれば分からんが、これだけの軍勢を率いておるということは、今回来た勇者は用心深い性格の可能性もあるかものう。簡単には引っかからんかもしれん」
「性格の問題というより、俺たちが仲間を一人殺したから、それで恐れているんじゃないか?」
「その可能性もあるのう。まあ、どっちにしろ用心深くはなっておるじゃろう」

 誘い出すのは難しいか?

 しかし俺の限界レベルは1で一見弱い。
 それで安心して、誘い出されてくれるかもしれない。

 とにかく勇者を倒せさえすれば勝ちなら、何とかなるかもしれない。

 俺たちはリコの家に戻ると、何やら様子がおかしい。

 リコの家を大勢の兵士が取り囲んでいた。
 門番はいたが、あんな大量の兵士はいなかった。

「何だあれ?」
「リコの部下の兵士じゃろうか?」

 守りを固めたのか?
 とにかく話を聞いてみよう。

「あの、中にようがあるんだが」
「中には誰一人入れるなと、言われている」
「リコの知り合いなんだけど」
「我々は聖女のリコの兵隊ではない」
「なに? じゃあ誰の」
「アルマーフィフ様だ」
「誰だそれは?」
「知らんのか。七賢人のお一人であるお方だ」
「七賢人?」
「……お前、俺をおちょくっているのか? それとも余所者なのか?」
「余所者だ」
「簡単に説明すると、この町の政治を取り仕切っておられる方が、七賢人だ」

 それはかなり偉い人のようだ。
 この町は合議制なんだな、この町は。

「何でリコの家を包囲している」
「それは言えん。とにかくここに入れることは出来んから、帰れ」

 どうする。はっきり言って、いいことをしに来ているとは思えない。
 何が目的なのだろうか。

「……多分じゃが、リコを勇者の下へと行かせる気じゃな」
「何?」
「話し合いというのも、そこまで間違うておらんじゃろう。戦っても勝てるか分からから、まずは話し合いでリコに勇者の下に行くよう要求するはずじゃ。リコの性格を考えれば、飲むはずじゃと読んでおるはず。仮に断られた時の場合、一か八か実力行使に出るじゃろう」

 なるほど……。
 七賢人の一人とやらにしてみても、リコの存在はメリットが多いはずだが、町の滅亡と天秤にかけた時、差し出した方がいいと判断したわけだ。

 違う場合もあるが、予想が当たっていた場合、一刻も早くリコの下に行かねばならない。

「メク、レーニャ、強行突破するぞ」

 俺の言葉を聞き、二人は頷いた。

 俺は兵士の腕を掴む。

「な、何だ?」

 そして俺は、後ろに引っ張り兵士をどかした。
 大怪我をしないよう、だいぶ手加減をする。

「お、お前!」
「何を!」

 兵士たちが動揺して質問してくるが、俺たちは耳を貸さずにリコの家に向かって走りだす。

「止まれ!」

 止まれと言われて、止まるやつはいない。構わず走り続ける。
 門が閉まっており、入れなくなっていたが、俺は門を壊して中に入る。

 そのまま走り続ける。
 レーニャもメクもちゃんと付いてきている。

 リコの家に入る。

 何やら言い争いをする声が聞こえてきたので、俺はそこに向かった。

「ふざけるな! リコ様はこの町の宝だぞ!」
「宝を守って町の人が滅ぼされたのでは、意味がありません。リコさん、ここは一つその身で町民を救ってくださいませんか? 恐らく勇者もあなたの能力を欲しているだろうから、殺しはしないでしょう」

 そのやりとりだけで、俺は予想が正しかったという事を確信した。

 アルマーフィフとやらは、リコを勇者に差し出すためにここに訪れているらしい。

 絶対に止めなければ。

 兵士たちが、客間への道を塞いでいる。
 狭い道なので、どかす事が難しい。

「なんだお前らは! 止まれ!」

 俺たちの存在に気づいたようだ。剣を抜いて構えてくる。

 こういう時に役に立つのは、【雷撃(サンダーショック)】だ。
 敵を気絶させて、先に進もう。

「【雷撃(サンダーショック)】!」

 俺の手から雷撃が迸る。
 敵の兵士は「ぐわぁっ!!」と声を上げた後、気絶した。

 俺の攻撃に兵士たちが一斉に、攻撃してくる。
 何度も【雷撃(サンダーショック)】放ち、敵を全員気絶させた。

 倒れた兵士たちを跨いで、俺は客間へと向かう。

「何の騒ぎだ」
「リコそいつの話を聞くな! 君を勇者に差し出すなんて間違っている!」
「テツヤさん!」

 俺たちは客間へと入る。

 小柄な中年の男が、二人の大きなライカンスロープの男を真後ろに置き、リコと向かい合っていた。

 あの小柄な男が、アルマーフィフか。

「何ですかあなたは」
「リコを連れて行かせるわけにはいかないな」
「聞き捨てならないですね。私は頼みに来たのですよ。聖女リコ様に、この町を救ってくださいとね」

 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら、アルマーフィフはそういった。

「テツヤさん、やはり私は……」
「リコ、昨日決めただろ。勇者を追い払うって。俺たちが力を合わせれば必ず出来るはずだ」
「……そうですね」

 リコは覚悟を決めたようだ。

「アルマーフィフさん、申し訳ありませんが、私は行けません。勇者はテツヤさんと協力して追い払います」
「……何を言っているんですか、無理でしょうそんな事。だいたいこの男と協力? 先程【レベルサーチ】を使ってみましたが、限界レベル1の雑魚ではありませんか。そんな男がいて何になるんですか? とにかく、今すぐにそいつをつまみ出してください」

 アルマーフィフは後ろにいるライカンスロープ二人に命令をする。

 俺は【鑑定】で、二人を見てみた。

『ライカンスロープ。個体名:グレガル・ベルフォー。Lv. 43/46 25歳♂
 HP 234/234
 MP 34/34
 狼の獣人。狼の獣人。弱るとただの狼になる』
『ライカンスロープ。個体名:アレバル・ベルフォー。Lv. 41/ 42 24歳♂
 HP 222/222
 MP 30/30
 狼の獣人。狼の獣人。弱るとただの狼になる』

 それなりに強い。恐らく兄弟だろう。
 まあ、だが俺の敵ではないな。

 二人は同時に飛びかかってくる。

 俺は軽く避けて、腹を殺さないよう手加減して殴った。二人をほぼ同時に殴る。

「「ぐはっ!」」

 両方とも痛みで悶絶して、前のめりに倒れた。

 そのようすをみたアルマーフィフは、唖然とした表情を浮かべる。

「リコは連れて行かせない。勇者は俺が絶対に倒す。分かったか?」

 アルマーフィフを威圧するようにそう言った。
 コクコクと震えながら、首を縦に振った。

「それで、聖女リコちゃんは降伏するのか?」

 勇者オオシマ軍、本陣。

 ヒロシは寝転がりながら、部下のアレべラスに質問を投げかけていた。

「まだ返答は来ておりません」
「あーもう数日経つよなぁ。待つのも疲れたしもう強行突破するかぁ」
「それもいいかと。聖女はこの町の要のような御仁らしいので、やはり引き渡しは断ってくると思われます。時間をかければかけるほど、敵に考える時間を与えることになるでしょう」
「だよなぁ。最初から強行突破してれば良かったかぁ。まあ今からでも遅くはないか」

 ヒロシは立ち上がり、軽く背伸びをする。

「まず俺があの無駄に高い防壁をぶっ壊すからさ。あとは獣人兵を一気に城に入れて、聖女を連れて来させろ」
「ヒロシ様は、戦闘には参加なさらないのですか?」
「正直面倒だろ。レベルは聖女の水があればいいしな。これだけ連れてきたんだから、俺がいなくても負けることはないだろうよ。限界レベルが結構高い獣人の兵士も何人かいるしな。お前たちだけで、聖女を連れてこい」
「かしこまりました」

 アレべラスは、首を垂れる。

「あ、そうだ。あと、聖女は絶対に犯したりするなよ。綺麗な状態で運んでこい。ほかにも俺の好みっぽい女がいたら、それも綺麗な状態で連れてこいよ。てめーなら俺の好み分かるだろ? それ以外は好きにしていい」
「了解しました」

 再びアレべラスは首を垂れた。

「じゃ、いっちょやるか、防壁壊し」

 勇者は本陣から出て、防壁を壊す準備を始めた。

 勇者と戦うと決めて、数日経過した。

 あれから、町の七賢人や軍事のスペシャリストを集めて、作戦会議をした。

 七賢人は全員が、アルマーフィフのような愚か者ではなく、賢人と呼ばれるのにふさわしいくらい賢いものもいた。

 作戦会議の結果、戦力的に勝つのは非常に難しいという結論が出た。
 いくらリコの水で強化できるとはいえ、ヴァーフォルから出せる兵は、三千人が限界だ。流石に万はいる敵軍に対し数が足りていなさすぎる、
 勇者を倒せば引くかもしれないが、必ず引くとも限らない。勇者以外にも統率能力のある副将がいた場合、退却せずに戦争を続ける可能性もある。
 確実性のある作戦とは言い難かった。
 しかしながら勇者がやられれば敵軍に生じる動揺は計り知れないため、有効な戦術であるということは間違いないようだった。

 結局既存の兵で勝利するのは難しいので、援軍を呼ぶべきという結論に達した。

 勇者軍の快進撃には、いろんな国の都市の者たちが怯えているようで、ヴァーフォルを占領され聖女リコという強力な人材が、勇者が手に入れてしまった場合、もはやヴァーフォルの隣国は攻められたら降伏せざるを得なくなるだろう。

 周辺の国家、都市に勇者の進撃を止めるチャンスは今回だけであると、危機感を煽れば味方をしてくれる可能性も高い。

 勇者の占領した土地の統治は、とても上手とは言えない。
 民には重税を課し、国の王族、有力者たちは皆殺しにしている。
 この状況で黙って見守るのは、自殺行為であると、恐らく周囲の都市、国の有力者たちも理解しているだろう。

 援軍を出す書状は、抜け道を使って届けさせればいいらしい。七賢人しか知らなかった秘密の抜け道があるため、そこを使えば包囲を抜けて周辺の都市国々に、援軍をお願いしに行ける。

 援軍を呼びに行く役目を負ったものは、すでに抜け道を通って、それぞれ国、都市に向かっており、援軍が来るのは早くて十日後だと予想している。

 まあ、仮に援軍が来ても、外の軍量には叶わないくらいなので、難しい戦いになることは間違いない。

 今はとにかく時間を稼ぐ方針である。
 幸い敵はまだ攻めてきていない。
 この町の防壁は硬いため、数日は持ちこたえられるはずだ。

 俺の仕事は、援軍が来た段階で、勇者を倒すことである。
 外からの援軍が来て、さらに勇者が倒されれば、敵軍は動揺し総崩れになるだろうという予測の元の作戦だ。

 問題は勇者を倒せるかだ。
 俺だけでなく町の実力者たち数人と、元の姿に戻ったメクとレーニャ。それから、リコの水で、能力を強化されている。
 あと、前、勇者タケイを吸収した時に、【伝説化レジェンド・モード】と【再生リジェネ】などのスキルも得ており、ステータスも大幅に強化されている。
 これなら勝てるはずだ。

 俺は戦う覚悟を決めて、勇者が攻めて来るのを待った。

 そして突然、何かが衝突するような轟音が街中に響き渡った。

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