26.再会

2020年12月20日

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 結局それからいい案を思いつかずに、答えがないのに考え続けるのも時間の無駄だと思い、図書館で調べ物を再開した。

「にゃー! いい本見つけたにゃ!」
「お」
「本当か!」

 レーニャの言葉を聞き、俺たちは急いで駆け寄る。
 図書館では静かにしなければならないという、異世界だろうが地球だろうが絶対にあるルールをその時は破った。
 それほど本を探すのに、うんざりし始めていた頃であった。

「見せてみるのじゃ」
「はいこれ」

 メクがレーニャが探し出した本を見る。
 そこには…………。

 世界の美味しい魚図鑑!

 タイトルにはそう書かれてあった。

「アタシ動物のお肉しか食べたことなかったけど、魚ってのも美味そうだにゃ〜。見ただけで涎が出てくるにゃ〜」
「そうじゃなー、確かに美味そうじゃなー……ではないたわけ!!」
「うにゃ!」

 メクのノリツッコミが炸裂する。

「今は食い物の話だとどうでも良いじゃろうが全く。
 お主はそれ以外に考えることはないのか?」
「う……だって美味そうにゃ〜」
「言い訳をするな!」
「テ、テツヤ、助けてにゃ」
「……今回はレーニャが悪いな」
「そ、そんにゃ〜」

 俺も少し期待していただけ、この時ばかりは少し冷たく接する。

 この一連のやりとりは、結構図書館内に騒音をもたらしてしまったいたらしく。

「あのー、すいません。図書館内ではもう少し静かにしたほうが良いですよ〜」

 と近くで本を読んでいた女の子に注意を受けた。

 その女の子は縁の太い眼鏡をかけた少女だ。前髪を髪留めで止めている。

 女性から、注意を受けてメクは図書館の片隅に移動し、少し声量を落として説教を始めた。

 俺は注意をした女の子が気になっていた。
 どこかで見たような気がする。
 声も何か聞き覚えがある声だったような……。

 気のせいか?

 あんまりじろじろ見るのも失礼だし、チラチラとしか見れないが、何かどっかで見た事ある気がするんだよな……。

「あの、どうしましたか?」

 チラチラ見ていたのがばれたらしく、少し不審な目で見られる。

「あ、いや、何でも」
「そ、そうですか…………あれ?」

 眼鏡の女の子は俺の顔を凝視し始める。

「あーーー!」

 そしていきなり大声で叫んだ。

 かなりの大声で、ほかの利用者から白い目で見られる。
 眼鏡の女の子は我に返り、やばいと思ったのかペコペコと周囲の人に下げた後、

「あのちょっと来てもらえませんか?」
「え、どこに?」
「図書館の外です」
「ま、まあいいけど」

 俺も彼女の事が気になっていたし、申し出を受ける事に。
 けど一体何なんだろうか。突然叫んで、突然外に来るように頼んできて。

 とにかく俺は彼女と一緒に、図書館の外に出る。

 メクとレーニャもそれに気づいて、

「何じゃ何じゃ?」
「誰にゃ?」

 と言いながら追いかけてきた。

「よかった生きていたんですね……」

 彼女は外に出てそう言った。

「どういうこと?」

 よく意味が分からないので尋ねると、彼女は眼鏡をはずして、髪留めを外した。

「……え!!」

 その顔を見て俺は仰天した。

 つい昨日見たばかりの聖女リコ、俺と同じく異世界に転移してきた少女と同じ顔をしていた。

「覚えていますか?」
「お、覚えている、けど……」

 いや気付かなかった。
 眼鏡かけて前髪を変えていただけなんだけどな。
 そんなので気付かなくなるなんて……。

「あの……私とあの時、一緒に異世界に来た、男の人ですよね……?」
「そ、そうだ。間違いない」

 そう答えた瞬間、彼女は涙をポロポロと流し始めた。
 俺は物凄く焦る。

「ど、どうしたんだ!?」
「い、いえ、ごめんなさい……」

 リコは涙を拭うが、とめどなく次から次にあふれてくるので、拭ききれない。

「あの、嬉しくてほっとして……あなたが死んだのは私のせいだって思っていたから……。あの時、動けなくて……。それに私があの不良たちをもっと強く拒絶してたら、もしかして巻き込まなくても済んだかもしれないって思っていたから……ごめんなさい……」
「そんな。君が悪いことなんて何一つない。謝らないでくれ」

 その後もしばらく泣きながら俺に謝り続けた。
 彼女にこんな思いを抱えさせてしまったことに、俺も少し罪悪感を感じた。

「とにかく俺は全然生きてるし、この世界も結構楽しんでいるから」
「……はい」

 ようやくリコは泣き止んだ。

「あの、私は里見理子、この世界風にいうとリコ・サトミっていいます。あなたの名前は何ですか?」

 名前を聞かれ、俺はテツヤ・タカハシと名を名乗った。

「空気を読んで見ておったが、あまり女子おなごを泣かせるのは、感心できんぞ」
「できないにゃー」

 メクとレーニャがすぐそばに近づいてきて、そういった。
 どうやら俺たちのやり取りを見ていたようだ。

「ぬ、ぬいぐるみさんが喋った!?」

 リコが、メクを見て驚く。その反応は一周回って少し新鮮だった。

「い、いや、異世界だしそのくらいで驚いてちゃいけないですよね……え、えーと、この方たちは?」
「俺の仲間で、ぬいぐるみの方がメク、猫耳の方がレーニャだ」
「あ、私はリコ・サトミと言います。よろしくお願いします」

 ペコリとリコは頭を下げて挨拶する。

「よろしくにゃー」
「よろしく」
「でも、熊のぬいぐるみさん可愛いですねー。私ぬいぐるみ好きなんですよ。抱っこしていいですか?」
「断じて断る! わしはエルフの女王じゃぞ! 抱っこなどされてたまるか!」
「ご、ごめんなさい? ……エルフの女王?」

 リコは、メクの女王という言葉を疑問に思ったみたいだが、深く追求はして来なかった。
 ここで教えることでもないので、俺も教えなかった。

「お主、さっき帰還してきた聖女じゃろ? テツヤの同郷の者という」
「はい、そうです」
「ここ図書館の前じゃが、ずっとここにおって良いのか? 人に見つかったら大騒ぎになりかねぬぞ。あの人気なら。じゃから図書館内では変装しておったのじゃろ?」
「あ……」

 リコは急いで、眼鏡をかけ、前髪に髪留めをつける。

「危ないところでした」
「しかし、その程度の変装で大丈夫なのかのう?」
「意外と平気なんですよ。テツヤさんも気づかなかったでしょ?」
「あ、ああ。情けないことに、全く分からなかった」
「だからこれで大丈夫です。あの、もしよければ私の家まで来て、お互いこの世界にきて、何をしてきたか、話し合いませんか?」
「そうだな。俺もちょうど話しておかなければならないことがあったんだ」

 ちょうどリコは、右手に手袋をはめているので刻印があるのかどうか確認できないが、深淵王(アビスキング)の話では、すでに刻印を刻んだらしい。

「あ、そうなんですか。じゃあ、行きましょうか」

 ○

 リコの案内に俺たちはついて行き、大きな家の前に到着した。

 厳重な防壁があり、門の前には大きな鎧を身につけた門番が立っている。

「大きい家にゃー」
「すごいところに住んでいるんだな」
「私はもっと、質素なところに住みたいんだけど……安全を考慮してとのことです」

 誰に言われてここに住んでいるのかは、分からないが、リコはやはりこの街では重要な人物となっているようだな。

「ただいま帰りました」
「あ! リコ様!」

 門番の男に声をかけると、驚いて声を上げた。

「何をなさっていたのですか! また勝手に外に出て、大騒ぎですよ屋敷の中は」
「ごめんなさい」
「出るなら、護衛の者を付けていかないと……ん? なんですこの者たちは」

 門番が俺たちの存在に気づいた。

「何やら怪しい奴らですぞ! リコ様、おさがりください!」

 門番は腰に下げていた剣を抜いてきた。

「け、剣を抜かないでください! 私が招いたお客様ですから!」
「ぬ、そうですか。それは失敬しました」

 そう言って剣を収める。
 いきなり剣を抜いてくるとか、何とも気が早い門番だ。

 その後、門が開き俺たちは中へ。

「本当は外に出てはいけなかったのか?」
「え、えっとですね。危険なので出るときは護衛を付けろって言われているんですけど、でもそれだと聖女がいますよって言っているみたいな様で、注目されちゃうんですよ。なるべく一人になりたくて」
「そうなのか。図書館にいたのは、そういえば何で何だ?」
「私、読書が好きなんです。この世界にも小説みたいな本がたまにあるので、それを図書館で読んでいるんですよ。テツヤさんは、何で図書館に?」
「少し調べたいことがあって」
「そうなんですか。何をお調べになりたいんですか?」
「あとで詳しく説明するよ」
「分かりました」

 喋っているうちに、リコの家のドアの前に着いた。
 中に入る。

 入るなり大騒ぎに。
 リコは部下の人に色々言われるが、客がいるということもあって、静かになった。

 内装は意外と質素な感じで、豪華な飾りなどはない。
 客間に案内されて、俺たちは椅子に座る。

「じゃあ、何から話しましょうか。テツヤさんの話したいことからにしますか?」
「そうだな。リコの右手の甲に刻印が刻まれているか?」
「え? ありますけど、何で知ってるんですか?」
「やっぱりあるのか」

 俺は自分の手の甲を見せる。

「あ! それ私のと一緒です! ほら!」

 手袋を外して右手の甲を俺に見せてくる。
 たしかに俺と一緒の刻印だ。

「それに関して話があるんだ」

 俺は刻印に関して、知っている限りのすべての情報を話した。

「深淵王(アビスキング)ですか……」

 リコは話を聞いて考え込む。

「この刻印にそんな意味があったんですね。私の場合は、気付いたら右手に刻まれていましたから」
「ん? 君はあの黒騎士に会ってないのか?」
「ええ、気絶して目覚めたらあったみたいな感じで」
「気絶って何があったんだ?」
「ああ、大したことじゃないんですよ。今はこうして無事に生きていますしね」

 ならいいけど。

「えーと、それでこの刻印が刻まれると、何か危機が起こるんでしたっけね。うーん、今のところそんな事起こったことはないですね。しばらくは平和そのものでした」
「そうか、でも気をつけてくれよ」
「はい。教えていただいてありがとうございました」

 リコはニッコリと笑ってお礼を言った。
 中々笑顔の可愛い子である。

「えーと、俺の話はこれだけだけど……」
「あ、そうですか。あの、これはだめなら全然いいんでけど、テツヤさんが異世界に来て、どう過ごされていたのか、聞いてみたいんです」
「俺の話?」
「ええ、興味があるんです」
「別に話すのは構わないけど……」
「本当ですか! ぜひお願いします!」

 かなり嬉しそうにしている。
 俺なんかに興味があるのだろうか。
 それともで異世界の冒険譚に興味があるのだろうか。

 きっと後者だな。本が好きだと言ってたし、異世界で冒険した話なんか聞いてみたいんだろう。

 俺は若干大げさに、自分が異世界に来てからの事を話した。

 リコは目を輝かせて、俺の話を聞いていた。
 やっぱりこういう冒険話が好きなんだろうな。

「大変だったんですね。テツヤさんも」

 も、ということはリコもいろいろあったのだろうか。
 それはそうか。どういう経緯で聖女と呼ばれるようになったのかは不明だが、何の苦労もせず生きてなんてことはそうそうないことだろう。

「しかしメクさんはエルフの女王なんですか。見てみたいですね」
「今日の朝、元に戻ったからしばらくは無理じゃ」
「そうですかー、残念ですねー。あとレーニャさんも最初は黒い子猫ちゃんだったんですね」
「そうにゃ。あの時は大ピンチだってけど、テツヤのおかげで助かったにゃ」
「私、猫好きなんで、一回猫の姿になって撫でさせてくれませんか?」
「にゃにゃ!? 戻れないわけじゃないけど、それはいやにゃ! あの姿は小さくて弱くて好きじゃないにゃ!」
「そうなのか。あの姿も可愛かったぞ。もう一回撫でてみたいな」
「テ、テツヤに撫でてもらるなら……い、いやダメにゃ、あの姿に自分から成るなんてありえないにゃ!」

 よっぽど子猫の姿が嫌いなのか、頑なに拒む。もう一回子猫姿のレーニャを撫でてみたいのは本心なので、少し残念だ。

「そうだ。俺の話をしたし、リコの話をしてくれないか?」
「え? わ、私のですか」
「うん、何で聖女と呼ばれているのとか興味あるし」
「わしもあるな。テツヤの同郷の女がこの世界で何をしておったのか」
「アタシも聞いてみたいにゃ」
「え、えー。聞くのは好きだけど、話すのは得意じゃないんですよね……。だから分かりづらくなるかもしれませんよ?」
「それでも問題ないよ」

 俺がそういうと、リコはしばらく考えて、

「分かりました。お話ししましょう」


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