第四話 脱出

2020年12月20日

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 用を足し終わり、マナは部屋に戻った。
 ハピーは自分で言った通り、覗きに来たりはせずその場でじっとしていたようだ。

「……アタシの下僕になりたいって言ってたよね」
「はい」
「アタシのいう事は何でも聞いてくれる?」
「当然です」
「じゃあ、下僕にしてあげる」

 マナがそう言うと、ハピーはボロボロと涙をこぼしながら平伏した。
 あの血も涙もなさそうな看守が跪いて泣いているのを見て軽く引いた。

「ああ……マナフォース様の下僕になれるなど、天にも昇る気持ちです。私はこの時のために生まれてきたのですね」
「大袈裟すぎる」

 マナはハピーの様子に少し呆れる。

「それから、今後アタシのことはマナフォースではなく、マナと呼びなさい」
「かしこまりました。マナ様」

 マナフォースと呼ばれるのは、慣れないためマナと呼ばれた。

「早速頼みがあるんだけど」
「マナ様の頼みならば、何でもお聞きいたします」
「今すぐここから脱出したいんだけど、手伝ってくれる?」
「お安い御用でございます」

 ハピーはあっさりと引き受けた。

「よし、今すぐ頼むよ。一分一秒でも早く出たいの」

 転生した理由に関してはいまだに思い出すことは出来ていない。

 ただ出なければいけないという思いは強まっていた。

 転生した理由関係なしに、元々マナは外出が好きなので、閉じ込められる生活に限界を感じていた。

「あのマナ様、一つお願いがあります」
「何?」
「このバルスト城は強固な城で、牢獄も簡単には出られない設計になっております。看守の私が手引きしても、脱出が成功するとは限りません。ただ、マナ様にあることをしていただければ、成功率が高まると思うのです」
「アタシに出来ることなんてあるの?」

 今のマナはただの幼女である。魔法も使用不可能だ。
 自分にできる脱出の手助けになるようなことは、思い浮かばなかった。

「……私のほっぺに口づけをして欲しいのです」
「は?」

 ハピーの発言は、マナの理解の範疇を超えていた。

「マナ様の神聖なお口が、私の頬に触れれば、神聖なパワーが私の体に駆け巡りどんなことでも出来るようになるはずです」
「……アタシの唇にそんな効能はないんだけど」
「あります!! ないはずありません!」

 あまりにも迫真の表情でハピーが迫ってきたため、マナはドン引きして否定することが出来なかった。

「さぁ! お願いします! マナ様の神聖なパワーをわたくしめにお与えください!」

 ハピーは目をつぶって、口づけが可能なようにしゃがみ込む。

(正直……気持ち悪いんだけど……これでやる気出してくれるならいいかもね。戦いの半分はやる気で決まるって、誰かが言ってた気がするし)

 気持ち悪さを我慢し、実利を取ることを決めたマナは、ハピーの頬に口づけをした。

 ハピーは口づけをされた瞬間、再び涙をぽろぽろとこぼし始めた。

「ああ、天にも昇る気持ちです。私はこの時のために生まれてきたんですね……」
「似たようなセリフを数分前に聞いたんだけど」

 しばらく恍惚感に浸っていたハピーは、突如目を見開いて立ち上がる。

「それでは脱出いたしましょう! この命を懸けてもマナ様を城の外にお連れいたします!」

 拳を握りしめて、力強く宣言した。

「この城から脱出するルートは二つあります。一つは普通に牢獄を出て、城の正門から堂々と出る方法、それから隠し通路を通り脱出する方法。前者は不可能ですので、実質隠し通路を出るしかありません」

 二人は脱出方法について、話し合いを始めていた。

「そうなの? アンタ看守なんだから、色々理由を付けてアタシを出したりできないの?」
「如何なる理由があろうともマナ様を外には出してはいけないとの命令がございます。私程度で上の方を説得するのは不可能です。申し訳ありません」

 脱獄への警戒は強いようだ。
 幼女相手にそこまでするという事は、よほど出したくない理由があるのだろう。
 容易には脱出は出来ないかもしれない。

(いや待てよ……? アタシの魅了を使えば会いさえすれば、あっさり魅了出来て言う事を利かせられるんじゃない?)

 看守以上に偉い者たちを魅了していけば、この城を実質支配下に置き、外に出るのも自由自在になるだろうとマナは考える。

(やっぱ駄目だ。会っただけで魅了出来たのは、ハピーがロリコンだったからだ。ほかの人はそうはいかないよね。このスキルの効力が一般人にどれだけあるか分からない以上、リスクは犯せないよ。捕まったらアタシは平気だろうけど、ハピーは恐らく処刑されるだろうかね)

 そうなるとせっかく命令を聞いてくれる配下を手に入れたのに、振り出しに戻ってしまう。新しく来る看守がロリコンの可能性は極めて低いため、魅了可能か未知数だ。

 隠し通路を通るのが、脱出確率が一番高い方法であると、マナは思った。

「隠し通路を出た後は人里まで距離があるので、念のため食料を持って行った方がいいでしょう」
「……そういえばアタシなのも食べてない」
「おなかが空いているのですか?」
「うん」
「今すぐの脱出ですと、料理は用意できませんが……食べてから行きますか?」
「今すぐ食べられるものないの?」
「パンならございます」
「それ頂戴」

 マナはハピーから硬めのパンと水を貰い、それをかじって腹を満たす。

「マナ様に運ばれてくる料理は、地上で料理人が作ったものです。ですが、いざという時に近くに保存食をおいております。あまりおいしくはないですが」
「この際、味はどうでもいいよ。てか、料理って誰かが運んでくるんだよね。脱出したらすぐばれちゃわない?」
「……確かにその懸念はありますね」

 ハピーは少し考え込む。

「良い考えを思いつきました」

 倉庫から木の板と筆、黒の塗料を持ってきて、木に文字を書き始めた。

「姫は看守と共に外出中……」
「はい、これを見れば料理を運んできた者も疑問には思わないでしょう。これでもいずればれるかもしれませんが、発覚はかなり遅くなるはずです」
「ん? でも外出させるなって命令が出てるんだよね? おかしいって思われない?」
「料理を運んでくる者は、身分があまり高くない者です。マナ様を外に出すなという命は、ごく一部の者しか知らないためおかしいとは思わないでしょう」
「そっか、それなら何となりそうだね」
 
 マナは簡単には脱出がバレなさそうだと思い、安心した。
 本来はもっと事前に準備を重ねて脱出すべきであるが、いち早く牢を出たいと思っているマナの頭に、その選択肢は浮かんでいなかった。 

「それでは隠し通路へと案内しますので、私に付いてきてください」
「うん」

 ハピーはゆっくりと歩いていき、石壁に掛けてあったランタンを弄った。
 すると、壁がゆっくりと動き始め、道が現れた。どうやら隠し扉だったようだ。

「こんなところに隠し通路が……これ何のための通路なの?」
「元々この地下牢は問題を起こした貴族を閉じ込めておくものだったようで、城で何か問題があった時、閉じこめた貴族が脱出できるように隠し通路を作ったそうです。問題を起こしたとは言え、貴族を見殺しにできませんからね。看守である私が知っているのは、何か城で問題が発生した場合は、マナ様を絶対に死なせないようこの通路を使い脱出せよ、とのことで場所を教えてもらいました」
「ふーん、そうなんだ。危険はないの?」
「分かりません。何か良からぬものが入り込んでいる可能性もありますので、私からなるべく離れないでくださいね」
「分かった」
「あ、良ければ手を……」
「つながない」

 お願いする前に断られて、ハピーはしょんぼりする。

「じゃあ行こう」
「はい」

 二人は薄暗い隠し通路を進み始めた。

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