23.深淵王

2020年12月20日

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 深淵アビス
 俺は再びそこに来てしまっていた。

 俺の目の前に大きな目玉がいた。目玉の下には以前別れ際に出た口がまだあった。

「またここに来るとはなぁ。弱いなぁお前も」
「……力を……貸してくれ」

 俺は開口一番そう言った。

「そう言うと思っていたよ」
「貸してくれるのか?」
「ああ、だがお前にすべてを話さなければ、これ以上力を貸すことができないんだ。結構面倒な存在なんだよな。俺は」
「話とはなんだ?」
「その刻印と俺自身のことそれから俺がやろうとしていること、全てについてだよ。それを聞かせたうえで、お前が首を縦に振らない限り、俺はお前に力を貸すことはできない」
「……」

 言っている意味がよく分からない。ただ俺は質問したりはせず、大人しく目玉の言うことを聞くことにした。

「まず俺がなんなのか言おうか。俺は深淵王アビス・キングこの深淵を統べる存在だ。もっともここには基本的には俺以外の存在はいないから、統べるも何もないがな」

 この目玉は深淵王というらしい。そのままな名前と言えばそのままな名前だ。

「俺は深淵から出ることのできない存在だ。毎日退屈していたんだが、ある日、深淵にな。人間が入り込んできたんだ。偶然だ。そいつに俺は刻印を刻んだ。お前についている刻印と一緒だ。その刻印を刻んだ瞬間、その人間は不思議と危機に瀕することが多くなった。そして、死にそうになるたびにここにきて俺は力を貸した。するとどうだ。そいつと俺の意識が同一化していき、やがてそいつの意識は俺の意識と変わらなくなっていった」

 な、何を言っているんだ。同一化? それに刻印があるから、危機に瀕することが多くなった? 
 つまりこの刻印があると、俺はこのようにこいつの力を借りたくなるような事態に遭遇することが、多くなるということなのか?

「その人間は今は深淵の外に居るが、俺はその人間が見ているもの聞いていることを知ることが出来る。そしてその人間を意のままに操る事が出来る。既にその人間は自分の意志で体を動かす事は出来ない」
「ま、待てよ。お前の意識はこうして俺と話しているじゃないか」
「俺の意識はいくつも同時に色んな場所に存在出来る。まあ、これは人間には分かりにくい感覚だろうがな」
「……それでお前は何が言いたいんだ?」
「これ以上お前に力を貸すと、お前の体は俺が操ることになるだろう」
「……お前が力を貸していたのはそれが理由なのか?」
「そうだ。俺の目的は深淵(アビス)の外の世界を支配することだ。まあ、それをやろうとすると黙っていない奴らがいるから、今はできない。手ごまが足りないんだ。お前を新たな手駒としたいんだよ」

 こいつは良い存在でないと思っていたが、その通りだったようだ。
 邪悪な存在だった。

「なぜ俺にペラペラ話した。黙って力を貸していれば良かっただろ?」
「きちんと説明して納得させたうえで、やらないと失敗するケースがあってね。少しだけ元の人間の意識が残ってしまって、想定外の行動を取ることがあるんだ。例えばあの黒騎士なんかはそうだな。あいつは失敗作なんだ。お前に刻印を刻むくらいはさせられるが、ほかのことをさせるにはリスキーすぎる」
「勇者たちはなんなんだ。あいつらはお前の手駒なのか?」
「違う違う。俺の手駒を使ってお前を追い詰めるのは、ちょっと事情があって難しくてね。まあ、その刻印があれば自動的に追い詰められるようになっているんだよ。だから俺が何かする必要はない」
 
 やっぱりそうなのか。この刻印があるだけで俺に危機がやってくるようになっているのか。
 
「………………最後に一つ聞く。何故俺なんだ」
「それはお前に【死体吸収】があるからだな。世の中には他人には絶対に持てない、固有の強力なスキルを持っている奴らがいる。俺はそいつらを異端者イレギュラーって呼んでいる。俺の刻印はその異端者でないと刻むことができないんだ。異端者の持つスキルは、すべて人の身には過ぎたスキルだから、【死体吸収】と同じくなんらかの制限がかかっている。この制限を俺の力を使って解くことで、俺は異端者に力を与えているんだ。あと、お前と同時期に女の異端者が発生したろ? リコ・サトミって名前だったか? あれにも刻印を刻んでいるんだ。まだお前のように悲惨な目には遭っていないが、これも時間の問題だろう。ま、もうお前には関係のないことだ。聞かせる必要はなかったな」

 これから、俺の体を自分の物にできると確信しているからか、深淵王はそう言った。

「で? どうする? 俺の力を借りるか?」
「……」
「答えは決まっているだろ? だってここに来たんだから。ここにはな、何があっても力を借りたいと思っている奴しかこられないんだよ。それこそ自分を犠牲にしてでも叶えたい何かがある奴じゃないとこられないんだ」
「お前に俺の体をとられても、それでお前が勇者を殺すとは限らない」
「殺すさ。あいつは強いからな。殺して吸収しない理由がない」
「メクとレーニャはどうする」
「体をくれたお前に免じて助けてやろう。ま、信じるか信じないかはお前の自由だ」
「……」
「どうする?」

 俺は一切間をおかずに、

「力を貸してくれ」

 そう頼んだ。

 俺が頷いた瞬間、意識が元の体に戻る。そして、俺の体が真っ黒な闇に包まれた。

「あ? なんだぁ?」

 タケイの困惑する声が聞こえる。

「成功。完璧だ」

 その声は俺の口から出たようだが、俺の意志で出した声ではなかった。

 手も足も首も口も、ありとあらゆる所が自分の意志で動かせなくなってしまっている。

 体、全体の自由を全て、深淵王に乗っ取られてしまったようだ。
 それでも意識はあり、外のようすを見ることもできる。

「なんだお前、いきなり真っ黒になりやがって」

 タケイがそう言ってきた。今の俺は真っ黒なのか? 
 刻印が体全体に回って、黒くなったのか。

「さて約束を果たすとするか」

 俺の口で深淵王がそう声を発した。
 そして、俺の体を動かす深淵王が動かしている俺の体の速度は恐ろしく速い。
 タケイはその速度にまったく反応し切れていない。そして、速度を落とさずタケイの腹の辺りに、思いっきり肘打ちを喰らわせた。

「ガハッ!」

 肘打ちの威力は凄まじく、当たった瞬間にタケイの体は物凄い勢いで後ろに吹っ飛んでいった。
 100M以上吹き飛び、目では豆粒くらいの大きさになる。

 その距離を深淵王は一瞬で詰める。
 驚き戸惑うタケイの腹を踏みつける。

 強烈な踏み付けを喰らい、タケイの腹が叩き潰される。
 タケイの口から大量の血と一緒に、内臓が飛び出てきた。

「ガハッ……や……た……け……て」

 もはやタケイは、まともに言葉を発することすらできないようだ。
 目に涙を浮かべ、血と内臓を口から吹き出し、体を小刻みに震わせる。
 必死で俺の体を操っている深淵王から逃げようと、地面を這ってでも逃げようとする。

 しかし、深淵王は容赦などしなかった。
 今度は頭に足を踏みおろした。

 グシャ! と音がしてタケイの頭は踏み潰された。まるで割れたスイカのように血が地面に広がり、脳みそや頭蓋骨の欠片が四散する。

 勇者タケイはあっけなく死亡した。

「じゃ、吸収するか」

 深淵王(アビス・キング)は俺の口を使ってそう言って、タケイを吸収した。

 HP1422上昇、MP1232上昇、攻撃力781上昇、防御力701上昇、速さ771上昇、スキルポイント93獲得
 スキル【伝説化】獲得。
 スキル【再生】獲得。

 能力値上昇とスキル上昇の声は俺にも聞こえた。何かとんでもないくらい上がっている。
 俺に力を貸すということは、すべての能力が加算されるということなのだろう。

「さて、後は好きにやらせてもらうぜ。ま、返事は聞けないがな」

 そう言って、深淵王は俺の体を動かしてどこかに去ろうとする。
 俺はこのままこいつの動かす体を見続けないといけないのだろうか。
 それは辛いな。でも、とりあえずタケイは殺して危機は去った。
 メクとレーニャは助けられた。
 それだけでいいか。

「テツヤ!」

 メクの声が聞こえてきた。

「お前は……あーメクか。残念だったな。テツヤはもうこの世にはいない。俺は深淵王だ」
「おぬしがなんなのかはどうでもいい。テツヤに体を返すのじゃ」
「それは無理だな」

 メクは深淵王の返答を聞いた瞬間、深淵王に向かって走り出す。

 何をする気だメク! 

 こいつはもはや誰の手にも負えないほど強い! ぬいぐるみのメクがはむかっていい相手ではない。

「あー、お前は殺さないっていったんだよ。別にいいか。お前の攻撃を喰らうことはないだろうし」

 深淵王はメクを完全に無視して背を向けた。良かった。こいつ一応約束を守る気はあるみたいだ。

 そうして歩きだろうとしたとき、メクが何かを深淵王に支配された俺の体に当てた。
 宝石のようなものだった。

「あ?」
「消え去れ!」
「……これは!」

 俺の体が光に包まれる。

「っち、めんどうなことをしてくれたな。こんなものどこで手に入れた?」
「言う必要はない」
「そうか。残念ながら一つ言っておくぞ。この程度で俺は消え去らない。同化は解けてしまうが、刻印は消えない。こいつにある負の運命もそのままだ。そのうち、不幸な目に遭い、結局俺の力を頼ることになるだろう。結末は絶対に変えられないんだよ。先延ばしにしただけに過ぎない」
「うるさい。貴様が何か分からぬが、もう二度とテツヤが貴様を頼るような状況にはさせない。そのうちその刻印を消す方法も見つける」
「ハハハハハハハ、消す方法か、見つかればいいなぁ。ハハハハハハハハ!」

 深淵王は俺の体で大笑いをする。そして、しばらく経つと、

「……あ! 動ける!」

 俺は動けるようになった。

「テツヤ!」

 メクが抱きついてきた。ぬいぐるみなので、もふもふした感じになるだけだが、それでも嬉しかった。

「何を使ったんだ?」
「妹からもろうたものじゃ。一回使ったらもう使えないみたいじゃがの」

 先ほど宝石が付いていた場所にもうなにも付いていなかった。

「とりあえず、勇者は倒したか。あ、レーニャ!」

 俺はレーニャの元に駆け寄る。
 猫の姿になってしまっており、かなり危ない状態だが息はあるみたいだ。

「急いで帰って治してもらわないと」
「そうじゃな。テツヤは大丈夫か?」
「うん。完全に回復したみたいだ」
「そうか。わしは腹に穴が開いたくらいじゃな。これは不思議なことに時間が経過すれば、勝手に直るようになっておるのじゃ」
「そうなんだ。とにかく急いで帰ろう」
「待つのじゃ、勇者の持っていた剣を持って帰るのじゃ、いい剣じゃし、それに城の前では戦いが起こっておるから、相手の兵の士気をそぐため、勇者を倒したということを証明せねばならん。死体は吸収してしまったから、剣を持っていくのが一番じゃ」
「そうか」

 俺は剣を拾った。確かにいい剣みたいだし、今度からこれ使うか。人の盗み取ったみたいで感じ悪いけどな。

 その後、俺たちは急いで城に帰った。

 城では戦いがまだやっており、どちらが優勢というわけでなく互角だった。
 俺は近くまで行き、勇者の剣を掲げて、

「勇者は討ち取った! この剣を見ろ!」

 と叫んだ。
 最初はザワザワとしていた相手方だったが。剣を見たとたん顔を青ざめさせる。
 剣は戦士の命。それを取られる時は死んだとき以外ないと、勇者の部下の兵たちは思っていたのか、俺が剣を掲げたのを見た瞬間、一目散に逃げ出した。

 味方からは大歓声が上がる。

「やりましたね! テツヤ殿!」
「喜ぶのは後だ! レーニャを治してくれ!」
「あら! 獣人族がこうなるのはかなり弱っている証ですね。ヒーラーを呼んできてください!」

 レーニャはその後、ヒーラーの手によって回復され、一命を取り留めた。
 こうして勇者タケイとの戦いは終結した。

 戦いが終わったあと、俺たちは王都に一度帰った。

 勇者を倒したという報告は既に王都まで行っていたようで、俺たちは町に帰った瞬間物凄く歓迎された。
 その後パーティーやらなんやらが行われて、もてはやされた俺達だったが、素直に喜ぶような気持ちになれなかった。

 空気を読んで最初はパーティーに参加したが、あとで1人になりたいと言って抜け出してきて、用意してくれた自室で休んでいた。

 俺は右手の甲を見る。
 相変らず、そこには刻印が刻まれていた。

 深淵王は今も俺の体を狙っている。俺を不幸のどん底に叩き落として、再び力を借りに来るのを今か今かと待っている。

 こんな状態で喜べるわけなどない。
 不安で仕方がなかった。

「悩んでおるようじゃの」

 メクが部屋の中に入ってきた。

「……まあな」

 メクにはあの後、刻印について、深淵王から言われたことをすべて話した。

「これから真面目な話をするから、元の姿に戻してくれんかの」
「分かった」

 俺は解放を使ってメクを元の姿に戻した。
 光が発生し、エルフ姿のメクが姿を現す。

「お主が悩むのも、無理ないか。その刻印に目をつけられただけで、不運な気が入ってくるなどとな」
「奴の力は借りたくない。でもその時がくれば借りざるを得ない」
「大丈夫じゃその時なんて来ぬよ。わしが絶対に来させぬ」

 メクは俺の目を見ながらそう言った。
 綺麗なメクの目に見つめられて、俺の心臓の鼓動がドキッと跳ね上がった。

「まあ、呪いのある身で言ってもあまり説得力はないと思うがの」
「いや、そんなことないさ。メクがいてくれて心強いよ」
「わしの呪いも、お主の刻印も、早くなんとかせぬとな」
「ああ……」
「テツヤよわしはお主に感謝しておる。この国を救ってくれて、この体を一時的にでも元に戻れるようにしてくれて。お主が元に戻るためにならなんでもすると、今ここで誓おう」

 メクがそう俺の目を真剣な表情で見てそう言ってきた。

「にゃー! アタシも誓うにゃ!」

 後ろからレーニャの声が聞こえてきたと思ったら、レーニャが俺に背中から抱きついてきた。

「2人だけで何か話すなんて水臭いにゃ。アタシも仲間にゃ」
「ごめんごめん」
「アタシは弱くて今はあんまり力になれないけど、でもいつか絶対、ばりばりに強くなって、テツヤの力になるって誓うにゃ!」

 レーニャは俺に抱きつきながらそう言ってきた。胸が背中に当たってさすがにドキドキしてしまう。それをメクがひややかな目で見ている。

「わしの胸も触りたいか?」
「いやいいからいいから」

 俺の落ち込んだ気分など何処へやら、その後、レーニャメクたちと共に、再びパーティーに参加し、騒がしい夜を過ごした。

 異世界は理不尽だ。いきなり谷に落とされるし、わけのわからん刻印を刻まれるし、何度も死にそうになるし、なんでこんな所に呼んだんだと文句を言いたくなる。

 それでも俺は大切な仲間のため、他ならぬ自分のため、精一杯戦おうと決意した。


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