2.追放

2020年12月20日

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 限界レベル1?

 まさかの1?

 マイナスなんてないだろうし、1って一番低いんだろ?
 

 じゃあ俺はこの世界じゃ最弱の存在って事?

 ざわざわと、周囲の人間が騒ぎ出す
 先ほどのざわめきとは、また違った種類のざわめきだ。

「ふざけるな! 限界レベル1じゃと!?」

 王様の怒声が響く。
 あまりにも大きな声だったので、俺は身を怯ませる。

「欠陥品ではないか! そのようなものが我が王宮にいること自体が非常に不愉快じゃ! 即刻処刑せよ!」

 は? は!?

 え? なに言ってんのあのおっさん。
 処刑って、え? 殺すって事?

 は? おかしいだろ! 好きで召喚されたわけじゃないんだが!? お前らが勝手に召喚してきたんだろ!?

 あまりに理不尽な展開に俺は絶句する。

 しかし、王の家来たちは、その命令に疑問を持つどころか、すみやかに遂行しようと、剣を構えて俺に近づいてくる。

 俺はあまりの展開に身動きすら取れない。

「待て待て! ここを欠陥品の血で汚す気か! そのようなものは近くにある、死の谷にでも落としてしまえばいい」
「はっ」

 家来は剣から手を下ろし、今度は俺に近づき、何の抵抗も出来ない俺を抱え上げてきた。

 あっさりと担ぎ上げられる。
 そのまま、俺をどこかに連れて行こうとする。

 死の谷に落とすって、はぁ!? 本気で言ってんのか!?

 それ確実に死ぬだろ!? 異世界に来ていきなり殺されんの俺!?

 俺は抵抗を試みる。
 しかし、凄い腕の力でロックされており、どれだけ抵抗しても無駄だった。

「た、助けて……!」

 泣きそうになりながら、不良たちを見てみると、あざ笑うような目で俺を見ている。
 そりゃそうだ。あんなクズみたいな連中が助けてくれるわけない。

「ま、まま待ってください!」

 そう思ってたら、女の子がそう大声を出して、制止した。
 彼女は涙目で震えながらも、

「こ、こここんなのおかしいです。い、いきなり殺そうとするなんて……その人を離して下さい!」

 そう叫んだ。

 よ、良かった。俺にも味方がいた。

「そ、そうだ! おかしいだろ! なんで俺が殺されなきゃならないんだ!」

 俺も必死で叫ぶ。

「あなたがたの世界にはレベルという概念がないのでしたね。この世界ではレベルの上がらない存在に価値はありません。レベルが上がらなければステータスが弱く、さらに『スキルポイント』を得られないので、スキルも獲得できません。初期スキルというものもありますが、人間の場合、強い初期スキルを持って生まれてくるものはおりません。限界レベルが低いものは欠陥品なのです。なので、この国ではレベルが一桁のものは廃棄することになっているのです」

 ミームは無表情でそう説明した。

「そ、そんな欠陥品だなんて……」
「納得できませんか。あなたは勇者でないので納得させる必要はございませんね。ただ、勇者である四名の中に、あの欠陥品を救いたいという方がいるのなら、特別に延命させてもいいでしょう。王様、よろしいですか?」
「まあ、勇者殿たちの機嫌を損ねるのは、困るからのう。殺すのが嫌なら生かしてもよいが」
「だそうです。で? どうですか? 勇者様たちの中に、彼を処刑するのは嫌だという方はおられますか?」

 何だかまずい展開に……
 いやいや、奴らだって同じ日本で育った人間じゃないか!
 見知らぬ人だろうと、人が殺されるのに抵抗は持っているはずだろ!?

 そう俺は淡い期待を抱く。

 長髪のリーダー格の不良が、

「そうだなぁ……人が死ぬってのはなぁ……出来れば助け……」

 思いが通じたか!? 俺がそう思ったのも束の間、

「ははは、何て言うかボケェー! そいつ、うぜーからぶっ殺しちゃって!」
「レベル1だって! ははは、ゴミは異世界に来てもゴミなんだな! さっさと死んだほうがいいよマジで! おっさんの人生なんて生きる価値ないんだからさ!」

 ほかの不良も同じく、俺の死を望んだ。

 何だこいつらは。なんで平気で笑っているんだ。
 死ぬんだぞ本当に。
 分かってんのか? 人の命をどれだけ軽く見ているんだ?

 言いたい事は色々あったが、悔しさのあまり何も口に出来ない。

「そうですか。では、予定通り死の谷に落としてきてください」
「了解」

 再び家来の男は歩き出す。

「待ってください! おかしいですこんなの!」

 少女が止めようとするが、その後、剣を首元に突きつけられ、

「これ以上とめようとするのなら、あなたも死にますよ?」

 脅される。少女は「ひぃ!」と悲鳴をあげその後、動けなくなった。

 そのあと、助けなど来ず、俺は王宮を出て谷まで運ばれた。

 ○

 異世界の王宮。
 涙をボロボロと流しながら、里見理子(さとみりこ)は男性が連れて行かれるのを見送った。

 涙の理由は二つ。
 剣を首元に突きつけられた恐怖心。
 それから、動けなかったという自責の念。

 理子に非はない。首元に剣を突きつけられて動けるものなど、そうはいない。

 それでも、自分を助けようとしてくれたあの男性を、助けようと動けなかった事で、理子は自分を責めていた。

「それで、あなたはどうしますか? 私どもとしては、ここに残り一緒に戦ってもらいたいですが、勇者でないあなたにそれを強制する事はできません。どうするか決めてください」

 理子はまったく悩まず、

「あなた方と一緒には戦いません」

 と、返答した。

「その場合、一人で生きていく事になるがいいですか? 命の保証はできませんよ?」
「大丈夫です」

 理子は少し、睨みながらそう言った。

 ――――異世界の人たちとも、あの不良たちとも一緒にいるのなんかごめんだ。

 そう思う理子だったが、いつもだったらここに残るという選択をしたかもしれない。

 そんな理子が今までと違う選択をしたのは、震えながらも自分を助けてくれたあの男性を見て、自分も勇気を出してみよう、そう思ったからだった。

 理子は自分の意思を貫き王宮を後にした。

 俺は谷の近くまで来て、地面に立たされる。
 顔を谷のほうに向けられる。腕をつかまれて身動きが取れない。

 この谷は深く、谷底が見えない。落ちたら確実に死ぬだろう。

「ま……待ってくれ、本当に落とす気なのか?」
「欠陥品に生きる資格はない。死んでおけ」
「い、嫌だ、死にたくない」
「この世界でお前に生きる権利は無いんだ」

 理不尽だ理不尽すぎる。

 生きる権利がないだと? だったら召喚するなよ。
 ふざけんな、なんで俺がこんな目に遭わなければいけないんだ。

 確かに俺は底辺だったが、人に迷惑をかけるような行動を取った覚えは無い。

 ふざけんなよ。何なんだよこれは。
 限界レベルが低いって事がそんなに悪い事なのかよ。

 こんな理不尽すぎる理由で死んでたまるか。

 何とか俺は逃げる隙をうかがうが、両手をがっちりとつかまれ逃げ切れない。

「じゃあ、お前なんぞに構っている時間が惜しい、落とすぞ」

 無表情でそう言われたあと、何のためらいも無く、家来の男は俺の背中を押した。

 強い力で押され、俺は抵抗できず宙に放り出される。
 手を上に伸ばし、何か掴もうとするが、何も無い。

 俺は谷底へと落ちていった。
 時間の流れがスローになる。そして過去の思い出が蘇ってくる。走馬灯というやつだ。

 思えば25年間、幸せと思えた瞬間はどれほどあっただろうか。
 子供の頃は楽しかった。でも、時が経つにつれ経つにつれ、生きるのがしんどくなっていった。

 たいして楽しい思いもできずに、異世界に召喚され、そして、こんなふうに理不尽に殺される。

 果たして俺の生に意味などあったのだろうか? 
 ゴミみたいに殺されるのが俺、高橋哲也の人生だったのだろうか?

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

 死にたくない。
 死にたくない。

 こんな、意味の無い人生を生きただけで死にたくない。

 死にたくない。
 死にたくない。

 何度も何度も俺は死にたくないと、頭の中で繰り返す。
 だが、落下のスピードが弱まるわけも無く、無情にも落ち続ける。

 そして、遂に地面に落ちる時を迎えた。
 俺の無意味な人生もそれと共に、終焉を迎え……

 なかった。

 何か妙にやわらかいものの上に落ちた。

 弾力があるみたいで、反発力で体が大きく弾み、そこから落ちて、また弾んでを何度か繰り返す。

 最終的に、仰向けの姿勢で俺は倒れる。

 俺が落ちたものが何か調べてみると、どうやら特大のきのこのようだった。

 かなり弾力があるきのこの傘に、俺は落ちたみたいだった。

 た、助かった?
 まさに奇跡が起きた。九死に一生を得た。

 こんな理不尽な目で殺されそうな、俺を神様が助けてくれたのかもしれない。
 基本無宗教な俺だが、この時ばかりは神の存在を信じそうになっていた。

 いや……確かに落ちて死なずには済んだが……

 上にあがるのは無理だよな。
 ということはどうにかして、上がる場所を見つけないといけないか。

 谷の幅は結構広い。
 向こう側が見えないくらいだ。

 上がる場所の捜索といっても、そう簡単に見つかるとも思えない。

 正直、まったく楽観視は出来ない状況だ。
 もし出られなかったら、一生でここで暮らす事になるのか? 食べ物はどうする? このきのこを食ってみる? 毒があったら死ぬぞ。

 いや、ネガティブに考えるな。
 とにかく、生きているんだ。せっかく助かったんだ。絶対生きて谷底を出てやる。

 俺はきのこから下りて、どこかに出られる場所がないか探し始めた。

 だいぶ歩くがめぼしいものは見つからない。

 そうだ、ちょっと試してみたい事があったから試してみよう。
 この世界はゲームっぽいから、もしかしたらステータスとか見られるんじゃないかと思っていたんだ。

 どうすればいいんだろう、とりあえずステータスオープンって言ってみるか。

「ステータスオープン」

 俺がそう言った瞬間、一枚の少し厚い板が出現する。
 その板は俺の目の前で浮かんでいる。
 板の表面に、

 名前  テツヤ・タカハシ
 年齢  25
 レベル 1/1
 HP   20/30
 MP   3/3
 攻撃力 3
 防御力 3
 速度  3
 スキルポイント 0
 スキル 【死体吸収】
 耐性  無

 こう書かれてある。
 ステータスオープンで見れるんだな。

 たぶん弱いんだろうなこの数字は。
 レベル1/1ってのが、限界レベルが1だということを表しているのか。

 スキル死体吸収ってのがあるが、これが初期に貰えるスキルか?

 強いのか? いや、俺を召喚しやがったミームってやつは、初期スキルは弱いって言ってたな。
 それが本当なら、このスキルは使えないスキルだろう。

 死体を吸収して、それ以上なにも起こらないのなら、確かに無駄なスキルでしかない。
 あまり期待はしないでおくか。

 しかし、HPが減ってるな。不良どもに殴られたせいか。

 それでこれ、消すにはどうしたらいいんだ? オープンで出たから……

「ステータスクローズ」

 俺がそう言った瞬間、ステータスが書いてある板は消えた。
 オープンで出して、クローズで消す、だな。覚えた。

 とにかく今の俺はこの世界で最弱の存在だ。
 それでも絶対に死んでなんかやるもんか。
 存分に注意を払って出口を探そう。

 俺はそう思い、歩き出した。

 数分歩き、何だか腐ったような臭いが漂い始める。

 吐き気を催すような臭いだった。
 臭いは前方から漂ってきているようだ。

 何だか気味が悪いので、臭いのする方向を避け、別の方向に向かって歩いた。

 しばらく、歩いていると……

 カツ、カツ、カツ、カツ。

 何かの足音が聞こえてくる。
 二足歩行している生物の足音だ。

 人間? もしくは……

 俺は周りを見回して確認する。
 足音を出している者は見つからない。

 足音は徐々に大きくなっていく。
 俺はどこか隠れる場所を探すが、無い。

 なら逃げるしかない。
 足音が聞こえてくる方向の逆方向に、俺は早歩きする。

 すると、足音のテンポが速くなる。

 走り出した!

 俺も合わせて、走って逃げる。

 だが、足音は徐々に大きくなってくる。

 相手のほうが速い!

 俺は後ろを振り返ってみる。

 少し遠くのほうだが、俺を追いかけてきている者を発見。

 体格は小さく、角が額から生えている緑色の人型の生物。
 小さいが凶悪な顔をしており怖い。
 たぶんだけど、ゴブリンって奴じゃねーかなあれは。

 最弱のモンスターってイメージだけど、棍棒持ってるし、レベル1の俺では倒すのは恐らく不可能。

 逃げるしかない……が。

 ゴブリンの方が俺より速い! 数倍はやい。

 つーか、俺遅くね? 
 何か若い頃より明らかに数倍遅くなってるんだが。

 確かに運動不足だけど、ここまで遅くなるか?
 もしかして、レベル1になったから、身体能力が元の世界よりおちているのかも知れん。

 そんなことよりこのままじゃ、確実に追いつかれる!

 どこか隠れる場所は?

 走りながら探す。

 ん? この臭い。

 さっき嗅いだ腐った臭いが、また漂ってきた。
 そういえば俺が逃げている方向は、先ほど臭いが漂ってきているからと、避けていた方向じゃないか。

 臭いがきつくなれば、あいつらも逃げるかもしれない。
 今回は臭いは我慢して走り続けよう。

 そう決めて、走り続ける。
 ただ、ゴブリンたちも臭いなど気にせず俺を追いかけている。

 あいつら、何なんだよ。なんで追いかけてくる! 俺を食う気か!? 食ってもうまくないぞ俺なんか!

 頭の中で文句を言っていると、ゴブリンたちが走りながら何かを投げてくる。

 石だ。
 何十個も投げられる。

「いだっ!」

 そのうち一個が右足に当たり、俺は声を上げながら転倒。

 走っていたので、勢いよく転がる。
 全身を打つ。体中に痛みが走る。
 そして、地面に伏すような体勢で止まる。
 土と血が混ざったような味が口に広がる。

 何とか立ち上ろうとするが右足が動かない。
 先ほどの投石で、怪我を負ってしまった。

 ちらりと後ろを見ると、先ほどまで走っていたゴブリンが今度は歩いてこちらに来ている。
 俺を仕留めたと確信したからか、ニヤニヤと笑い顔を浮かべていた。

 くそ、動け! 動け足!

 何とか足を動かそうとするが、動かない。
 仕方ないから這ってでも、逃げようとする。

 クソ! ふざけんなよ! 何で俺がこんな目に遭わなくちゃならいんだ!

 理不尽だという思いが胸にこみ上げてくる。

 きのこに命を助けられたときは神様の存在を信じそうになったが、そんなものはやはりこの世にはいないようだ。

 ゴブリンたちが迫ってくる。俺をどうする気かは分からない。ただ捕まったら無事ではすまないだろう。
 この状態で逃げ切れる可能性は限りなくゼロに近い。

 それでも俺は「生きたい」という本能に従って、地を這いつくばりながらも前に進む。

 ん? これは……

 地面に穴が開いている。

 ものすごい腐敗臭が穴の中から臭ってきて、俺は思わず顔をしかめた。
 どうやら周辺の腐敗臭の発生源は、この穴だったらしい。

 穴の底は暗くてよく見えない。
 ものすごく深くて落ちたら死ぬ可能性もある。

 それ以前に、こんな臭いを発生させている場所に飛び込むことに、ものすごい抵抗感がある。

 ただ、このままだと確実に俺は死ぬ。

 ――――行くしかない!

 俺は意を決して穴の中に飛び込んだ。

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