第四十一話 前世の記憶⑥

2020年12月14日

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 ――――同じ目に遭わせてやる

 そう宣言して飛び去ろうとする、エマをマナは止めた。

「待って!」
「マナ、お前の頼みでもこれだけは聞けん。私は復讐をする」

 復讐を無意味だと、止めようと思っているエマはそう言ったが、それは勘違いだった。

「アタシも一緒に復讐する」
「何?」
「一人で行っても出来るか分からないでしょ? アタシがいれば成功率は上がるよ」
「……それはそうだが……だが、マナはこの村とは無関係だ」
「無関係じゃないよ! エマの大事な場所だもん! こんなの酷すぎる!」
「だが……復讐は危険を伴う……お前をそんな目に遭わせるわけには」
「アタシは、エマだけが危険なことをしようとするのをほっとおけない。アタシも一緒に行く」

 頑ななな態度に、エマは説得するのを諦めた。

「分かった……頼む、復讐を手伝ってくれ」

 マナは力強く頷いた。

「行く前にようがある。来てくれ」

 エマは神殿の方へと歩いていく。

「あの神殿に何かあるな」
「あそこには、土の精霊ドンダがいる。村を襲撃した連中について何か知っているかもしれん」
「へー、精霊ね」
「それとドンダは、大地を操ることが出来る。皆の遺体をこのままにはしておけないし、弔うのを手伝って貰う」

 エマは先ほどまで怒りで我を忘れているように見えたが、案外冷静さを残しているようで、マナは少し安心する。

 神殿に入り、大部屋までいった。

 部屋に入った瞬間、黄土で出来初めて見る生物がいて、マナは面食らう。

「ドンダ、久しぶりだな」
「エマか……お前は生きていたか」
「これが土の精霊のドンダ?」
「そいつは人間か。何とも色気のない女だ」
「い、いきなり失礼だな!」
「そいつはマナ。私の親友だ」
「そうか。わしはドンダ。見ての通り精霊だ。よろしく」
「よ、よろしく」

 精霊を初めて見たマナは、ドンダが普通に挨拶をしたことに戸惑う。

「村の者が全て殺された……お前は守ってくれなかったのか?」
「そんなことはない。戦ったが、敵は手練れだった。人間は脆弱な連中だと思っておったが、考えを改めたな。この神殿内部を守るだけで、精いっぱいだった」

 手練れと聞いて、エマは表情が険しくなる。
 ドンダの力がかなり強力である。
 その強いドンダに、手練れと称されるほどの実力を誇る者の心当たりは、一つしかなかった。

「プラニエルか……」
「でも、アンリの話だと、エマの殺害の命令が下ってたんじゃないの? 時間的にプラニエルがやるのは難しいと思うけど」
「プラニエルには二軍があるだろう。一軍に比べれば弱いが、それでも手練れが集まっている。そうだ、ここを襲った奴らは腕章を付けていなかったか? 戦女神を象った腕章だ」

 プラニエルは腕章を付けている。それは一軍も二軍も変わりはない。若干一軍と二軍でデザインは違うが、それでも戦女神を象った腕章というのに変わりはなかった。

「腕章は付けておったな。鎧を着た女が描かれた奴だ。それが戦女神かは、分からがな」
「……間違い。プラニエルだ」
「そう……みたいだね」
「ラプトンは、プラニエル二軍に村の皆を殺すように命令した……」

 復讐すべき対象がはっきりと分かったエマは、憎悪を瞳にたぎらせる。

「まずは、ラプトンだ。奴は必ず殺す。そのあとはプラニエル二軍の連中を皆殺しにする。命令されたなどとは関係ない。この殺戮にかかわった連中は全員殺してやる」

 エマの様子を見たマナは、このまま復讐を止めなくていいのか、不安を抱いた。

 しかし、エマの復讐は正当であるし、気持ちも分かる。仮に止めても、止めることは出来ないと思ったマナは、自分も最後まで手伝うと決めた。

 エマとマナは、村の遺体をドンダの手を借りて弔った後、復讐をするためにラプトンの住居に向かった。

 ラプトン将軍は、都市の外れに居を構えていた。

 エマを仕留め損ねたというのは、当然ラプトンも知っており、復讐に来るというのも十分想像の付く事だったため、ラプトンの住む屋敷は厳重な警備がなされていた。

 ただそれでも、エマとマナの二人を止めることは出来なかった。
 あっさりと警備兵たちを倒して、屋敷に侵入した。

 エマはプラニエルが、ラプトンの警護に当たっていると予想していたが、なぜかしていなかった。

「プラニエルが奴の使える最強のコマのはずなのに……なぜだ?」
「なんでだろ。でも、昔の仲間と戦わずに済んで良かったね」
「いたとしても正面からぶつかれば倒せる自信はあったが……もしかして、奴らも正面からの戦いでは勝てないと思い、奇襲を狙っているのか? マナ、慎重に進むぞ」
「うん」

 エマはそう思ったが、結局奇襲はされる事無く、ラプトンのいる書斎までたどり着いた。

 ラプトンは、書斎にある机に肘をつき、手を組んだ状態で、

「ようやく来たか」

 と言って二人を出迎えた。

 そこに動揺や焦りは見えない。

 さりとてまだ殺されないと楽観しているようでもない。

 死を受け入れ、諦めているような表情だった。

「警戒はしなくてもいい。プラニエルはここにはいない。奴らを使っても貴様から逃げられないのは知っている。わざわざ無駄に死なせることもないだろう。貴様から逃げるには、世界をこそこそと隠れみじめに生きるしかないだろうが……そんな生き方はごめんだ」

 ラプトンは完全に死を覚悟していた。
 エマはその様子に苛立つ。

「随分余裕だな。楽に死ねると思っているのか? お前にはありとあらゆる苦痛を与えて、そして殺してやる」
「好きにしろ。だが、覚えておけ。苦痛など人間が感じているだけのまやかしに過ぎない。与えたところで本質的には無意味で、貴様の気が晴れることはない」

 その言葉を聞いて、さらに苛立ったエマは、懐からナイフを取りだして、ラプトンの目に向かって投げつける。見事に命中した。

「ぐ……」

 凄まじい激痛を感じたが、ラプトンの反応はそれだけだった。常人離れした忍耐力である。

「ああそうだ。最後に言っておかなければならないことがある。お前の父親、ルドマンだが……死んでしまったぞ」
「!!」
「奴め牢に閉じ込めていたが、舌を噛み切って自殺しおった。軟弱な奴だ」

 父親の死という衝撃的な情報をもたらされて、エマはさらに怒りを深める。

「き、貴様ぁああああああ!」

 エマは飛びかかり、ラプトンの目に突き刺さったナイフを抜き、もう一個の目に突き刺した。

「ぐ……くくく……凄まじい怒りだな」

 ラプトンはいまだに余裕の態度を崩さないどころか、笑みを口に浮かべた。

「本来恨むべきはルドマンなんだぞ? 奴が過ちを犯したせいで、貴様は生まれ、あの村は焼かれ、貴様も苦しんでいる。人間と魔族が子をなすなど、忌まわしいことをしなくては、この惨事は起きなかった」

 ラプトンは笑みを崩さずに挑発するように言った。

 エマは怒りで我を忘れた。

 苦しませるという目的は頭から消え去り、ただただ目の前にいる憎い存在をナイフでめった刺しにし続けた。

「お前のせいで! 村は! 母さんは! 父さんは! 全部お前のせいで! お前のせいで! お前のせいで!!」

 刺すたびに血が飛び出し、エマは返り血を浴びる。

「エマ! やめて!」

 流石に見てられないと思ったマナが止めに入る。

「止めるな! こいつに地獄の苦痛を与え……」
「も、もう死んでるよ!」

 マナに指摘され、エマは刺すのをやめてラプトンを見る。

 ラプトンはすでに血を流しすぎて、こと切れていた。

「ぐ……」

 憎き敵は討った。
 だが、エマの気が晴れることはなかった。

「あああああああああああああああああああああああああ」

 虚しさ、怒り、悲み、様々な感情がこもった慟哭が、屋敷中に響き渡った。

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