第十一話 記憶の手掛かり

2020年12月20日

     <<前へ 目次 次へ>>

「あれ? ここ……」

 気が付くとマナは、見知らぬ場所に佇んでいた。

 黄色い石で出来た、少し古びた神殿だ。
 神殿の周囲は荒野である。草木が生えていない寂しい土地だ。

(どこだろうここ……何だか知っているような)

 思い出そうとすると、声が聞こえてきた。

「お前が奴を○○を止めたいというのなら、転生をするしかない」

 老人のようなしゃがれた声だ。
 ノイズがかかって、聞き取れない箇所があった。マナは声が聞こえたほうに視線を向ける。

 前世の自分が、黄土で体が構成されている謎の生物と向かい合っている光景が目に飛び込んできた。
 年齢は二十の頃か。ただ妙に目つきが悪いことが気になった。

(ああ、そうか。アタシは夢を見ているんだ)

 その光景を見て、直感的にマナは理解した。

 自分が前世の記憶を夢で見ているという事を。

 証拠はないが、なぜか確信があった。

 そして、この記憶は思い出せていない記憶である。
 この神殿の記憶、黄土で出来た精霊の記憶、どちらもなかった。
 ただ見ていると妙に懐かしい気分にはなるのだった。

「アタシも出来るの? 翼族用の術って言ってたけど」
「原理的には、不可能ではない。ただ、どんなトラブルが起きるかは分からん。失敗してもおかしくはないし、不完全な状態で転生することになるかもしれん」
「可能性はゼロじゃないの?」
「ゼロではない」

 先ほどから特定の言葉が聞き取れない。
 誰かの名前のようだ。

「なら、転生する。アタシが○○を止めないで誰が止めるの」

(そうか、アタシは誰かを止めるため……転生することを決めたんだ……)

 それが自分にとってどんな存在かは分からなかった。
 敵なのかはたまた恋人か友達か。
 ただとにかく強い使命感を持って、転生するという選択をしたのだという事は分かった。

 このまま夢を見続ければ、もっと重要なことを思い出せるかもしれない。
 マナはそう思っていたが、

 ――ナ様…………マナ様!

 聞き覚えのある声が聞こえてきて、徐々に景色が薄くなる。

(駄目! まだ起きちゃいけないのに!)

 抵抗をしようとしたが、それは出来ず、マナの意識は現実世界に戻された。

 目を開けると、間近に女の顔があった。

 女は目をつぶっており、唇を尖らせている。
 その唇をマナの唇に、つけようとじわじわと近づけていた。

 その変態的な行動を取るのは、ほかの誰でもない、ハピーであった。

 寝ぼけて何が起こったか分からないマナであったが、目が覚めるにつれハピーの暴挙を理解する。
 半開きの目をカッと見開いて、

「何してんだアンタ!!??」

 大声で叫んだ。

 マナの叫び声に驚いたハピーは、急いで体を起こし、立ち上がって気をつけの姿勢を取った。

「おいハピー。アンタ今、とんでもないことしようとしてなかった?」
「マ、マナ様が中々お目覚めにならないので……口づけをすれば目覚められるかな? と思って行動に至った次第でござます! 決してやましい気持ちはございません!」
「やましい気持ちしか感じないわ! 次やったら打ち首だからね!」
「き、肝に銘じておきます」

 全く最悪の目覚めだと思いながら、マナは体を起こす。

(そういえば、夢を見ていたけど……凄く重要な夢だった気がするけど……)

 先ほどの衝撃のせいで、内容が全く思い出せない。

 物凄く重要な夢のような気がするだけに、是が非でも思い出そうとするが、目が覚めて行けば行くほど、記憶が遠ざかっていく。

 マナは思い出すのを諦めた後、ハピーをじっと睨み呟く。

「……やっぱり打ち首かな?」
「え……え!?」
「はぁ~、冗談だよ。思い出せたかもしれないのに……」
「思い出すって、何をですか?」

 前世の記憶を思い出そうとしていると説明しても、理解して貰えないだろうと思ったマナは、

「アンタは知らなくていい」

 突き放すようにそう言った。

「そうですか……あ、そうそう、ジェードラン殿がマナ様のお部屋の準備が出来たと報告してきましたよ」
「だからアタシを起こしたのね。早速行こうかな」
「私、部屋の場所知っていますので、ご案内しますね」

 マナはソファから降りて、ハピーの案内に従い新しい部屋まで向かった。

「うわ~、広い部屋だね~」

 新しく用意された部屋は、広々としていた。
 地下牢のおよそ三倍はある。

「でも、家具の種類とかは、地下牢とあんまり変わんない」
「元々、地下牢は人間の姫に余計なストレスを与えないよう、家具などは上級な者を用意させていたからな」

 部屋を準備したジェードランが、少し不機嫌そうに説明した。
 命じられるがまま部屋を用意してしまった自分に、プライドが傷ついているようだ。

 一緒に準備をしたカフスはジェードランが、そう簡単に他人に従属する性格でないことを知りつつも、諦めて従えば楽なのに……と思わずにはいられなかった。

「でも、部屋に窓があって外が見えるのはいいね。地下牢は外が見えなかったからね。あ、いい景色」

 バルスト城山城であるため、見晴らしがいい。大自然の美しさを堪能することが出来る。
 草原、川、森、そして奥にはアミシオム王国で一番美しいとされている山である、マローダ山が一望できる。
 綺麗な円錐形の山で、山の中腹から頂上にかけて雪が降り積もっている。

 このマローダ山には見覚えがあった。五百年で色んなものは変わってしまうが、山の形はその程度の年数ではほとんど変化はしない。

「ありがとう気に入ったよ」
「ぐっ」

 マナにお礼を言われて、ジェードランは複雑な表情をする。
 喜んでいるのが嬉しく思うのだが、その嬉しく思っているのが気に入らないのだ。思わず口元がほころびそうになるのを、必死でこらえている。

「ジェードラン殿。マナ様が無邪気に喜んでいる姿を見ると、心が浄化されていきますね……」
「お前は何を言っているんだ……」

 恍惚とした表情でマナを見るハピーに、ジェードランはツッコミを入れるが、気持ちが少しだけわかってしまう事を悔しく思ってしまう。

「とにかくこれ以上お前の言いなりにはならんからな! 命令を聞くのはこれが最後だ!」
「うんうん」
「貴様……」

 そんなこと言いながらどうせ聞くんだろう的なマナの態度に、ジェードランはイラつき、額に青筋を浮かべる。

「本当に聞かないからな!」
「あ、そうだ。この城をもっと知りたいから、案内して」
「だから聞かないと……」
「案内して」

 マナに上目遣いで頼まれて、ジェードランは歯ぎしりをする。
 心の中で葛藤を繰り広げているのだ。

「……分かった。案内すればいいんだろう」

 がっくりとジェードランはうなだれて、呟く。

「クソ……もはやこのガキの命令に従い続けるしかないの……?」

 心のどこかでそれも悪くないと思ってしまっている自分がいることに、ジェードランは気づかないふりをしていた。

 それからマナは、ジェードランに案内されて城の中を巡った。カフスとハピーも同行している。

 城というのは基本的には軍事施設であるので、戦に関連する場所がほとんであった。
 マナの興味惹かれるような場所は特にない。

(城の中を見て回るのは、気分転換に歩きながら、色々見てたら何か思い出すかもしれないと思ったからで、別に面白そうな物がなくてもいいだけどね。でも、思い出したりは正直しないね……)

 部屋の中でじっと思い出すより、歩きながらの方がいいかもしれないと思ったが、今のところ効果はなかった。

 それでも歩き続けると、記憶は戻らなかったがとある場所を発見。

「お風呂だ~!」

 城には大浴場があった。
 マナは風呂に入るのが、大好きであった。
 はしゃぐマナを見て、ハピーが質問する。

「お風呂が好きなのですか?」
「うん」
「我々翼族もお風呂好きは多いんです。一緒に入りましょうか。お、お背中お流しします……」

 ハピーは鼻息を荒くしてそう言った。

 マナはハピーの様子を見て、引き気味に拒絶する。

「アンタと入るくらいなら、入らないから!」
「そ、そんなぁ」

 ハピーは涙目になった。

(ハピーと入るのは論外だけど、お風呂入ってリラックスすると、思い出すのにいいかも)

 特に根拠もなくそう思ったマナはお風呂の準備をするようお願いした。

「ジェードラン。お風呂の準備お願い~」
「な、なぜ俺が。大体風呂は使用人が準備するものだ」
「じゃあ、使用人に命令してきてー」

 もはやマナのお願いには逆らえないため、大きくため息を吐きながら、ジェードランは風呂の準備をするよう、使用人たちに命令した。

スポンサーリンク


     <<前へ 目次 次へ>>