第2話 国が消えた

2020年12月20日

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(……は? どうなってんだこれ)

 ペペロンは激しく混乱する。ゲームが終了したはずなのに目の前にララがいるのも、ララのグラフィックがありえないくらいリアルなのも、現在どこにいるのかも、何1つ分からなかった。
 ぺペロンは自分の手や胴体を確認する。手や足が小さい。体はぺペロンの物のままだ。

「 3日もお目覚めになられないので、本当に心配していたのです。お体に何か障りはございませんか?」

 ララは、ペペロンに顔を近づけて顔色を見る。ペペロンはララの姿をじっくりと見る。
 金髪の髪に、瑠璃色の瞳、エルフの特徴であるとんがった耳、きめ細かい白い肌、服は防御性能の高い高価なドレスを身につけている。

 ありえない。おかしい。間近で見ても実際の人間と全く同じ質感だ。マジック&ソードのグラフィックにしては、絶対にありえない水準だ。グラフィックだけじゃなく匂いもリアルだ。女の子の何とも言えないいい匂いが漂ってくる。ペペロンはララを観察しながら、あり得ない事態が起きていると確信する。

 まるで、ゲームが現実になったようだ……
 異世界転移……

 馬鹿なそれこそありえない。ペペロンは首を振る。

 異世界転移なんて数十年前にブームが終わって、今じゃ完全に古典扱いされている。そんなのに俺が巻き込まれているわけがない。アップデートでもされたんだ。ペペロンはそう考えるが、でも、俺の視界が暗くなっていたのは1分程度だし、その間にアップデートなんて出来ない。仮に出来たとしても? ここまでリアルに出来るアップデートなんて、出来やしないよな……と自分の考えを否定する。

「どうなさいました? ペペロン様?」

 ペペロンが黙って首を振ったり唸ったりしているので、心配したララが話しかけてくる。
 その心配している表情が、かなりリアルだった。表情や仕草など、今まではどこか違和感を確実に感じていたが、それをまったく感じない。

「少し、失礼する」

 ペペロンは不意に、ララの頬を触ってみる。

「あ……」

 温かい。人の肌のぬくもりを手に感じる。感触もリアルな人の肌の感触だ。

 これほどリアルに再現されているVRゲームは今までやったことがない。あるのかどうかも疑わしい。マジック&ソードの世界に、転移したという疑惑が、ペペロンの中で確信に変わりつつある。
 しかし、どうしても信じられない。あり得なさすぎる状況だからだ。

「すまない。もういい」

 ペペロンはそう言って、ララの頬から手を離した。「もう少し触ってくださってもいいですよ……?」と小声でララは呟くのだが、ペペロンの耳には届かなかった。

 ここがゲーム内なのか否か、簡単に判別する方法をペペロンは考えついた。
 さっそくその方法を実践。
 ペペロンは右の頬に手をあて、その頬を思いっきりつねった。

「っ!」

 痛みが頬に走る。ペペロンは顔をしかめた。

(……これは、本当にマジック&ソードの世界が現実となったのかもな)

 VRゲームで痛覚を感じる事は設定をいじれば出来るが、痛みを感じる設定でも強い痛みを感じることは出来ない。理由は法律で規制されているからだ。
 タンスの角に小指をぶつけるレベルの痛みは当然駄目。脛を強く打つだとか、ほおを思いっきりつねるだとかも感じることが出来ない。せいぜい少し小突かれたとか、優しくつねられたとか、その程度の痛みが限界である。
 VRゲーム機自体で痛みを感じすぎることがないよう設計されているので、アップデートでどうこうできる事でもない。
 ここがVRゲームの世界ではないという、一番の証拠になる。

 その証拠を自分自身で感じたが、それでもなお、夢じゃないのか幻覚ではないのか? という考えが頭に浮かんでくる。
 しかし、仮にどんなにありえない光景だとしても、自分の見ている景色が幻覚であり、夢であるだのと考えて行動することはできない。現実であると受け止めて行動するしかない。
 ペペロンは深呼吸する。混乱する頭を少しでも冷静にしようとした。
 そして、状況を正確に把握しようと努める。

 ペペロンは、周りを見回してみる。
 そばには、心配そうな表情で自分を見つめているララが1人。ほかには誰もいない。
 場所は小さな木作りの小屋だ。木はまだ新しく、建築されてそう時は経っていない。

(仮にマジック&ソードの世界が現実になったとしても、なぜ俺は玉座に座っていないのだろうか? ここはどこだ? 見覚えの無い場所……いや……)

 最初はこの木の小屋は始めて見ると思ったが、よく見ると見覚えがある。

(これは……俺が縛りプレイを始めたとき、初めて作った拠点の小屋じゃないか)

 マジック&ソードで国を作るには、最初に拠点を作る必要がある。最初に作れるのは小さな小屋しかないため、それを作成して拠点にしていた。この小屋は、そのとき作った小屋に酷似している。
 ペペロンの頭にいやな予感がよぎる。
 もしかして、異世界に転移した事によってグロリアセプテムは消えて、最初の小屋の状態に戻ったのか?

(それは、最悪というか……いや、だってあんなに頑張って作ったのに……)

 嫌な予感にこめかみに一筋の汗が流れる。

 そうだ。ララがいる。彼女がもし現実になったのなら、俺の質問に答えてくれるはずだ。
 ペペロンはそう思い、

「ララよ。ここがどこだか分かるか?」

 ペペロンは、ゲームでプレイしているときと同じ口調で質問した。この姿だと、ペペロンは自然と王様口調になってしまうようだった。

「わかりません。気付いたらここにおりました。グロリアセプテムはどうなったのでしょうか……」

「ここに来たのは、お主と私だけか?」

「いえ、ほかにも、ゴブリンのガス、巨人のノーボ、コボルドのポチ、賢魔のエリー、ハーピィーのファナシアの5人が来ております。私以外の者は全て、この地の情報を探るため、偵察に行っております。私はペペロン様の看病をしておりました。ペペロン様を間近で警護するのは私の役目ですから」

 ガスとノーボ、ポチにエリーにファナシア。
 この5人にエルフのララを含めた6人は、初期から部下にしていたメンバーで、特別育成に力をそそいだ6人である。
 ララ以外の部下が全ていなくなっているわけではなそうだが、この6人以外はどうなったのだろうか?

「ちょっと外を見てくる」

 小屋の中にいては、得れる情報も少ない。外に行って調べることに決める。

「あ、まだ寝ていたほうが……」

「大丈夫だ」

「では、私もお供いたします」

 ペペロンは立ち上がり、小屋の扉を開けて外に出る。ララもそれに続いた。

「これは……」

 外には一面に緑の草原が広がっていた。
 心地の良い温度の風が吹き、鳥の鳴く声が響き渡る。

「タレスヘム草原……」

 その草原には見覚えがあった。
 なぜならペペロンが作った国グロリアセプテム中心地、王都フォルハスは、このタレスヘム草原に作ったからだ。このタレスヘム草原に最初の拠点を作り、それを都市にまで成長させ、そこからほかの土地にも領地を広げて、また町や都市を作り、それを何度も繰り返してグロリアセプテムが誕生したのだ。
 つまり国がそのまま異世界に転移したというのなら、この土地には王都フォルハスがなければおかしい。

 タレスヘム草原に都市がない。それが意味する事は最初に感じた嫌な予感どおり、

(やっぱり、グロリアセプテムなくなっちゃってんのかよ!)

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