22話 冒険者たち

2020年12月8日

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「このニンゲンたちどうすル?」

 三つの袋にはそれぞれ人間が入っていた。
 男が一人。女が二人。
 死んではいない。生きている。
 気を失っているが、息はちゃんとしていた。
 ただ、怪我を負っているようなので、放っておけば死ぬ可能性もある。

「手当てしないと死んでしまうじゃろウ。助けるのジャ」

 村長の一言で助けることに決まった。

 そして手当てをして、寝かせる。
 しばらくすると、人間の女が目を覚ました。

 ゴブリンたちは目を覚ましたことに安心するのだが、女はゴブリンたちを見てみるみる表情を変えていく。

 そして、慌てて立ち上がり、ほかの二人を起こそうとする。
 男のほうが起きる。

 ゴブリンたちはあっけに取られながらそのようすを見ていた。

 そして、男と女はなにかをわめきながら、ゴブリンたちに殴りかかってきた。

「ナ、なんジャ!?」

 村長は驚く。

「どういうことダ!? 助けたのニ!?」
「なんか言ってるようだけド、わからネー!」

 とりあえず暴れる人間二人だが、手負いなので簡単に取り押さえられる。
 とにかく暴れられては困るので、紐で縛って暴れられないようにする。

「ウーン、言葉がわからんからなにに怒ってるかもわからんシ。どうしたものカ」
「面倒だシ、追い出すカ?」
「ダメジャ。まだ傷が癒えておらン。今、追い出したりなんかしたラ、死ぬのジャ。ベラムスならなんとかできるかもしれぬかラ、帰ってくるまで待つのジャ」

 ゴブリンたちは頷いて、ベラムスが帰ってくるのを待つことにした。

 ◯

「そういうわけなんだガ、なんとか出来んカ? ベラムスは人間の言葉が分かったりしないカ?」
「言葉は分からんじゃろうテ。ベラムスはこの村で育ったのじゃからナ。魔法で怪我を治したり、出来ぬのカ?」
「いや言葉はわかるし?怪我も治せる。怪我を治した後、話を聞こう」

「どっちとも出来るのカ!?」 とアレサと村長が同時に言った。

 ベラムスは三人に近づき、

「ヒール」

 治癒魔法ヒールを使い、怪我を治した。

「え!? 怪我が治った!?」
「君がやったのか!? なにをした」
「魔法を使って治した」
「魔法って……いや君さっき、あのホブゴブリンたちと話してたっていうか? どういうことなんだ?」

 だいぶ混乱しているようだ。
 ちなみに起きているのは、男と女一人づつで、もう一人の女は目を覚ましていない。
 怪我が重かったのだろうか。
 とりあえずベラムスは事情を聞く。

「先ほどからゴブリンたちに敵意を向けているようだが。どういうことなんだ?」
「そりゃゴブリンは憎むべき魔物でしょう。坊やもゴブリンたちに誘拐されてきたのでしょう?」

 女は当然のように言い放つ。
 どうやら人間たちのあいだで、ゴブリンの印象が悪いというには事実みたいだ。

「俺たちもそうだ。俺たちは冒険者をやっているんだが」

 三人は冒険者だそうだ。
 ベラムスは鎧を装備していることから、予想はしていた。

「腕試しでこの危険な森に入ったら後ろからいきなり殴られて、気を失って、意識を取り戻したらここにいた。ホブゴブリンが俺たちを殴ってここまで運んできたんだ」

 どうやら勘違いをしているようだ。
 これはきちんと説明する必要がある、とベラムスは思い、誤解を解くため話し始める。

「私たちを気絶させたのは、コボルド?」
「それで、ゴブリンが助けてくれた?」

 二人は眉をひそめる。

「助けてくれたって、そんなわけ……ゴブリンは人を襲う邪悪な魔物だぞ……」
「そうよ。それより君はなんでここにいるの? ゴブリンに捕まって働かされてるよとかじゃないの?」
「私は森に捨てられてゴブリンに育てられた。捕らえられたわけではない」
「ゴ、ゴブリンに育てられた!?」
「そんな馬鹿な?」

 信じられないといったようすだ。
 だいぶ先入観があるのか、言葉だけでは信じられないようだ。

 ベラムスはどうしたものか悩む。

(説得はあきらめるか? しかし、このまま帰せば、この村の場所をほかの人間に教えるかもしれない。この村のゴブリンが悪ではないと、信じて貰う必要がある)

 当然ここで殺したりするのはなしだ。
 なんとか説得するしかない、とベラムスは結論を出す。

 すると、

「ん……? あれ? ここは?」

 気絶していたもう一人の女が目を覚ました。

「目を覚ましたかレナ!」
「……っ! そうだ! 私、気絶させられたんだった!」
「ええ、ゴブ……」
「コボルドに気絶させられたんだったわ! ここはコボルドの巣!?」
「え?」「え?」

 他、二人のほうけたような声が重なった。

「ゴブリンの村……だけど……?」
「え? なんでゴブリン?」
「いや、だって俺たちはゴブリンにやられた……」
「コボルドよ。二人は私より先に気絶させられて、見てなかったかもしれないけど、確実にあれはコボルドだったわ」

 それを聞いた二人は、最初ポカーンというような表情を浮かべたあと、汗をダラダラとかきだして、

「もしかしてゴブリンが助けてくれたのって本当のことだった?」

 そう言った。

 ◯

「ごめんなさい!」

 誤解が解けて、冒険者たちは謝ってきた。

 悪い人たちではなかったらしく、誤解だとわかったらすぐにものすごく申し訳なさそうな顔で謝ってきた。

 特別被害を受けたわけではないので、ベラムスもゴブリンたちもあっさりと許した。

 いつまでも滞在して迷惑はかけられないと言って帰ろうとしたが、ベラムスが引き止める。

 なるべく村に早く帰りたかったので、町では聞いてこなかったが、どうしても知っておきたい情報が一つあった。

 ちなみにベラムスは三人から自己紹介された。
 男はルードル、最初に起きた女はメリー、最後に目を覚ました女がレナである。

「聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「いいけど、私からも聞きたいことが、君は本当に子供? 言葉使いとか佇まいとか、絶対子供じゃないよね」
「五歳の子供だ。この佇まいは元からこうである」
「元からって……まあいいけど……」

 納得はしていないが、これ以上追求する気もなさそうだ。

「魔法の扱いはどうなっている。三人は冒険者だが、魔法使いがいないで大丈夫なのか?」
「え? 魔法使い?」
「魔法使いなんて戦いじゃ使えないよ。呪文詠唱がいちいち長くて攻撃効率が悪すぎる」

 呪文詠唱という言葉を聞いて、ベラムスは驚く。

 呪文詠唱とはベラムスの前世の時代から見ても、大昔に無くなったはずの魔法発動方法だ。

 元々、魔法は全て呪文を詠唱して使っていた。
 呪文はかなり長く、魔法の発動までにかなりの時間を要してしまう。

 そのため、頭でイメージして呪文を短縮して魔法を使う、という方法が確立されるまで、魔法が戦闘で用いられることは稀だった。

 何があったのかは不明だが、どうやらこの時代では、魔法が遥かに遅れてしまいっているようである。

「じゃあ、私たちは行くから」
「命を助けてくれてありがとう」

 レナがそう言った。

「最後にひとついいか? この村の存在は言わないでくれよ」
「え? ゴブリンたちにもいいゴブリンがいるって、言って回りたかったんだけど」
「ありがたいが、この場所についてほかの人間に知られたくない。いいゴブリンがいると、信じないものもいるだろう」
「そうか……」
「でも、人間は皆さっきまでの私たちみたいに、ゴブリンのことを誤解しているわ。この村の具体的な位置を言わなければ大丈夫じゃないかしら」

 レナの言葉にベラムスは少し迷う。
 将来人間たちとの交流を持てるようにするには、こうやって地道に印象を上げていくのがいいかもしれない、と思い、

「それならいいか」

 と許可を出した。

 そのあと、三人はもう一度深く頭を下げて、村を立ち去った。

 ◯

 タンケスの町。そこである噂が広まっていた。
 三人の冒険者がフラーゼス大森林にいるホブゴブリンたちに助けられた、という噂だ。
 さらにホブゴブリンたちの村には、五歳くらいの子供がゴブリンに育てられているらしい。

 人々は半信半疑で噂を聞いていた。

 ただ、その噂を偶然耳にしたとある騎士は、噂を聞いた瞬間、血相を変えて、大急ぎで主人の住む屋敷に帰った。

「その噂でゴブリンに育てられている、子供は五歳くらいなんだな?」

 騎士は噂を己の主人に伝えた。

「はい」
「性別は?」
「男だそうです」
「……あの時の子が、生きていればそのくらいの年齢だろうな……ゴブリンが人を育てるなどありえるのか……いやしかし……」

 主人は考え込む。

「そのゴブリンの村はどこにある」
「フラーゼス大森林にあるという以外、なにも」
「そうか。時間はかかるかもしれないが大至急探し出して、あの時の子だと判明したら、連れて来い」
「わかりました」

 騎士は首を垂れて、主人の命令を遂行するため屋敷を出た。

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