第三十五話 赤叡山のダンジョン攻略①

2020年12月26日

     <<前へ 目次 次へ>>

 ダンジョンに入って最初の階は、ベリアスの言った通り、雪原だった。

「変えてねーみたいだな。まあ、でも雪原は、特定の魔物を強力にする効果があるから、変えられねーのかな」

 ベリアスは変わっていなかったことを意外に思った。

「……いや、それにしても寒いんだけど」

 周りは一面の雪景色。
 当然気温も低い。
 エンペラーゴブリンの体になっているリックではあるが、寒さへの耐性はあまりないみたいで、身が凍えていた。

「わしは別に寒くないがの」
「アタシも平気みたいっす」
「私も平気です」

 SSランクのクルス、シロエ、ギルは寒さなどまるで意に介していないみたいだ。

 寒くて動けるのかリックは不安に思っていたが、敵があまり強くなかったので問題なかった。

 出てくるのは基本的にBランクのアイススパイダーが多く、雪原の影響で強化されているとはいえ、何の問題もなく倒すことが出来た。

 ちなみにリックは武器を持っている。短剣である。素手よりも武器があった方がいいと思ったので、作ったのだ。
 DP節約のため、あまり強い剣を使っているというわけではない。

 ほかの魔物にも同じく武器を所持させていた。

 持っていないのは、クルス、シロエ、ギルだけである。

 シロエとギルは、武器を装備できる形状ではないので、リックも持たせようとしなかったが、クルスには持たせようとした。

 しかし、「こんなもの邪魔になるだけじゃし、いらんのじゃが。どうしても持つ必要があるか?」と言ったため、無理に持たせたりはしなかった。

 リックは剣など扱ったことがないため、なるべく道中の魔物は練習がてら倒しながら進んでいった。

「よし、次の階への穴だ」

 一階は最も簡単に攻略した。
 強い魔物でAランクが精一杯なので、このメンツにとっては散歩も同然といった難易度だった。

 五階までは同じような難易度だったため、すいすいと進んでいく。

 道中宝箱を発見し、その中から剣が出てきた。
 結構強そうな剣だったし、元々持ってきていた剣もそろそろ壊れそうになっていたため、リックはその剣と元々持っていた剣を交換した。

 ここまで五階とも全て、ベリアスの情報と同じフィールドであり、変えていなかった。

 そして、六階に到着する。

「あ……ここって」

 六階はベリアスの情報であると森であるが、違った。

 高い石壁に挟まれた細い道。

 奥の方には分かれ道が見える。

「六階は変えてたみてーだな」
「迷路……だと思うけど……これは」

 石の壁には謎の模様が描かれている。
 文字のように見えなくもない。
 普通の迷路にはこれは書かれていない。

「普通の迷路じゃないっぽいね。何なんだろう」

 色んなダンジョンに行った経験のあるリックだが、初めてみるフィールドであった。

「うーん、オイラは結構ほかのダンジョンに行ってんだが、分からねーな」

 ベリアスにも分からないようだ。

「ベリアス以外に知っている人は……いるわけないよね」

 リックのダンジョンで生まれて、初めて外に出る魔物たちが、知っているはずもなかった。

「気をつけて先に進もう」

 分からないものはどうしようもないので、リックは最大限警戒しながら、先に進んだ。

 リックたちは、六階を進んでいく。

 どこに行っても、壁には変わった模様が描かれている。

 少し不気味ではあったが リックは気にしすぎないように努めて、先に進む。

 最初の分かれ道。

 右か左かの二択である。

 リックは右に進んだ。

 それからしばらく進みと、魔物に出くわした。

 キングレッドリザードマンだ。
 赤い大きなリザードマン、ランクはA。数は12体。

 Aランクの敵ならば、わざわざSSランクたちの力を借りずとも倒すことは可能だ。

 リックはもう少しエンペラーゴブリン状態での戦闘に慣れるため、クルスたちの力は使わずに、倒すことにした。

 数体のSランクの魔物とリックだけで、戦い始める。

 戦闘は優勢に進んでいくが、リックが想像していたより敵は強かった。

 連携がうまかったとかそんな事ではなく、単純に個の力が思ったより高かった。

 最終的には勝ったが、何箇所かかすり傷を負った。

 リックは、キングレッドリザードマンって、思ったより強いんだな、とあまり強くないと思っていた考えを改めた。
 すると、

「妙だな。キングレッドリザードマンにしては、速さも攻撃力も高かったぜ」

 ベリアスが怪訝な表情で言った。

「そうなの?」
「ああ間違いねー、キングレッドリザードマンは、このダンジョンに結構いるから、どれだけ強いかには、詳しいんだ」
「もしかして、この謎の模様の効果かな?」
「あり得なくはねーな。オイラたちは別に強くなってねーから、自分のダンジョンに所属する魔物だけを強くする効果のある部屋って事なのかもな」

 魔物たちの強さは、迷路の模様であると判断する。

「まあ、勝てないような敵じゃないし、大丈夫でしょ」
「それはまあそうだな」

 思ったより倒すのには時間がかかるが、決して倒せない敵ではない。
 リック的には、前までの階の魔物が弱すぎて、訓練にならなかったので、少し強くなるのは、むしろ歓迎すべき事であった。

 先に進む。

 途中行き止まりにあったり、魔物を倒したりとしながら、ゴールを目指す。
 キングレッドリザードマン以外の敵も、Aランクにしては強い敵ばかりだったので、やはりこの部屋には、魔物を強化する効果があるのだと、リックは確信した。

「うーん、また行き止まりか」

 リックたちは行き止まりに何度か行っていた。
 だいぶ時間もすぎてきた頃である。

「そろそろ迷路の構造が変わる頃かなー。面倒なぁ」

 迷路は時間が経つと構造が変わる。
 攻略に戸惑っている場合は、それが逆に有利に働くこともあるので、過度にネガティヴになる必要はない。

 行き止まりの道を戻っている途中。

 突如、ダンジョンの模様が光り始めた。

「何だこれ?」

 リックが呟いた瞬間、気づいたら先ほどまでと違う場所にいた。
 キョロキョロと周りを見渡す。ふと天井の方も見てみると、大きな穴が開いていた。

「も、もしかして初期位置に戻されたの?」
「……そうみたいじゃな」
「うげー、面倒っす」

 その場にいた全員がその事実に嘆く。
 強化されるだけでなく、時間が経つと初期位置に戻されるという効果もあったみたいだ。

 思ったより面倒な部屋だと思いながら、リックは再び迷路を攻略するため歩き始めた。

 初期位置に戻され、再びリックたちは迷路の攻略を始める。

 早く攻略しなければならないということで、移動は急ぐことにした。

 道中の魔物もわざわざリックたちが倒さずに、全てSSランクのクルス、シロエ、ギルに任せる。

 これでかなりの速度で迷路を進んでいっているのだが、スピードの基準はクルスたちに合わせているため、リックも含めたほかの者たちは、付いていくのだけでやっとだった。

「はぁはぁ、流石に早すぎない?」

 リックは息を切らしながら尋ねる。
 ほぼ全力疾走に近いスピードで数分間走らされている。
 エンペラーゴブリンの体は、リックより圧倒的に体力があるとはいえ、さすがに限界が近かった。

「ぬ? これでも本気ではないのじゃぞ? この程度で音を上げてどうする」

 クルスは全くスピードを緩める気配はない。

「あたしも本気じゃないっすよ。面倒なことはさっさと済ませて、早く帰って寝たいからいくっす」

 同じくシロエもスピードを緩めず走り続ける。

 リックは勘弁してくれと思いながらも、必死で付いていった。

 それから数分間同じ速度で走り続ける。
 下に降りる穴はまだ発見できない。
 リックの体は走り続けて限界が近づいていた。
 少しだけ、クルスたちの背中が遠くなってくる。
 ほかのSランク達も徐々に遅れてきたので、流石に一度止まるよう命令をしようと思った。

 その時、何かが上の方から降ってきた。

 数十体の魔物である。

 リックたちは急いでいたという事と、疲れで注意力が下がっており、奇襲への対応が遅れる。

 落ちてきた魔物は高位のゴブリンのようで、剣を手に持ち切りかかろうとしている。
 疲れで上手く動けず、クルスたちは前にいるし、これはまずい、とリックは思う。
 しかし、敵が攻撃を加える寸前。クルスが奇襲に気づいた。

 超反応でリックたちの元へ行き、ゴブリンたちを一瞬で葬り去った。

「危なかったのう。油断も隙もないわい」
「え、いや……助かったの?」

 やられると直前まで思っていたリックは、現状の把握に時間がかかった。

 あの状態から一瞬で倒すなんて、リックはクルスの凄まじいまでの強さを再確認した。

「ぬ? こいつ吸収されぬの。死んでないのか」

 ダンジョン内で死んだ者は、例外なくダンジョンに吸収される。
 ただし、所属している魔物を吸収してもDPになることはない。

 吸収されていないという事は、まだ死んでいないという事だが、ただ大量の血が流れており、もうすぐ死ぬだろうと予測は出来た。

「って! 父上ではないか!!」

 クルスは倒れた魔物を見てそう叫ぶ。

 魔物はエンペラーゴブリンであり、現在のリックの姿にそっくりであった。

「父上を殺してしまった……」
「待て待て、僕いるから。多分これ違うエンペラーゴブリンだから」
「ぬぬぬ? 父上が二人? どちらが本物?」
「僕だから! 偽物はこっち!」
「むう、よく見れば装備が違うが、確かに死にかけの方の装備は違う気がするのう」

 クルスはリックと倒れているエンペラーゴブリンをよく観察する。

「こいつムライザーじゃねーか」

 べリアスがエンペラーゴブリンを見てそう言った。

「ムライザーって確か、侵攻隊の隊長の?」
「ああ、本来は数で攻める奴なんだが、今回はそれは無意味そうだという事で、奇襲作戦に出たようだな。しかし、こんなにあっさりやられるとは、想定外だったろうよ」

 ムライザーはしばらくして絶命したのか、ダンジョンに吸収され消滅した。

「よし、先に進もう。あ、スピードは少し緩めてね」

 リックはきちんとスピードを下げるよう要求をして、先に進む。

 それから数分で、下に降りる穴を発見。
 迷路は若干時間をかけたが、クリアすることが出来た。

 七階、八階、九階は部屋も変わっておらず、出てきた魔物もリックたちの相手になるものはいなかったため、順調に攻略していった。

 そして、十階。

「ここは狂化だったはずだが、違うようだな」
「狂化ってどんな部屋だったの?」
「全体的に赤色の部屋で、ここに配置した魔物たちは、指示を中々聞きつけなくなる代わりに、攻撃力が大幅に上昇するんだ」
「それ結構怖そうだね」
「強い部屋だったんだけどな。変えねーと思ってたが。ここは見ての通り赤色の部屋じゃねーだろ?」

 今、リックたちがいる部屋は赤色ではない。

 入った位置からは、初期状態の部屋にしか見えない。

「この部屋は何なんだろうね」
「分からねーな」
「そっかー。とりあえず慎重に進んだ方がよさそうだね」

 リックたちは慎重に部屋の中を進み始めた。

「でも、前にこんな感じの何の変哲のない部屋がなかったかのう?」

 シロエが尋ねた。

「大きい敵がいた部屋ですか?」

 ギルが返答する。

「そうじゃそうじゃ」
「確かに五階あたりにあったね。巨大化の部屋だったかな?」
「巨大化は確かに一見ほかの部屋と何の違いも見えねえけど、あんまり強くないからな。配置した魔物を巨大化して、あらゆる能力を大幅に強くするという効果なんだが、配置できる魔物の数に縛りがある。二体しか置けない。狂化と比べると、劣る部屋だと思うぜ。狂化は魔物数制限は、通常の部屋と同じだからな」
「なるほど……狂化は指示を受け付けにくくなるというデメリットがあるとはいえ、二体だけしか強化できない巨大化に比べると強いのか。実際巨大化の部屋はあっさりとクリアできたしね」

 五階の巨大化部屋は、クルスたちSSランクの力を一切借りずに攻略に成功していた。

 リックたちは警戒を緩めずに、先へ進む。

 すると、

「あれは……」

 視線の先に、通常の五倍ほどの大きさのAランクの魔物アラクネがいた。

「でかくなっておるのう」
「あれ? そんなはずはねーんだがな。失敗したのかミレイちゃん」

 ミレイの失敗で、ここが巨大化部屋になったのかと思うべリアス。

「とりあえずサクっと倒すのじゃ」
「そうだね」

 アラクネに近付くと、

「おお?」

 アラクネ以外にも、キングゴブリン、ワイバーン、ベヒーモス、リッチ、キングレッドリザードマン、などの巨大化した魔物たちがうようよいた。

「何体もおるぞ」
「ど、どうなってるの?」
「これは……最高クラスのダンジョン部屋である、巨大化地獄か!? 確かミレイちゃんがそんな部屋があるって言ってたことを覚えてるぜ。普通二体までのところ十五体まで配置することが可能になるんだ。あいつら全員Aランクの敵だが、この巨大化でSランクまで力が跳ね上げっちまってるだろう。これはやばいかもしれねーぞ!」
「そうかのう?」

 クルスが巨大化した魔物に近付く、そして一撃で魔物を葬り去った。

「この程度じゃろう」
「お、おお?」
「私も行きますか」

 今度はギルが出た。
 一撃では倒せないが、何回か攻撃してあっさりと倒す。

 シロエは――――寝ていた。

「いや、寝てないで! 戦って!」
「えー、大丈夫でしょギルッちとチビねぇがいれば」
「分かんないでしょ!」
「はーしょうがないっすねぇ」

 ゆっくりと立ち上り、普段からは想像もつかない速度で動き始めた。

 巨大なベヒーモスの首を手刀一撃で落とす。

 あっさりとその場にいた魔物たちを殲滅した。

「い、いやー……SSランクの魔物の力って奴をオイラ見くびってたな。Sランクなんてまるで子ども扱いか……」
「まあ、アレンを子ども扱いするくらいだからねクルスは。Sランクの魔物はアレンと同じくらいだし、そんなもんだろうね」

 リックはこの結果に特に驚きは感じていなかった。

「でも妙だね。この部屋はそんなに凄いのなら、もっと強い魔物置かない? それこそムライザーはSランクだから、ここに配置してたらSSランクになってたんじゃないの?」
「ムライザーは奇襲が得意だから、あそこに配置してたんだと思うぜ。あと、単純にSランクを配置してもSSランクほどの強さにはならねーと思う。SとA以上に圧倒的な差がある気がするからなぁ。
「そっか」
「ただ、確かに妙ではある。強い奴を置いたほうが確かなのは間違いねーからな。Sランクの魔物は少ないんだが、ホーメイトがまだ残っている。奴はカリウシが死んだ今、このダンジョンの最高戦力だ。奴をこの部屋に置かないのはおかしい」
「なるほど……もしかしたらこの部屋と同じ部屋が、下の階にあったりするんじゃないかな?」
「この部屋は相当レアで中々でないという話だがな……ただ赤叡山のダンジョンはとにかくDPを貯めこんでそうだし、使いまくって出したってのも、あり得ねぇ話じゃねーな」
「なるほど……」

 仮にそうなら、巨大化したホーメイトがいる階が下にあるということになる。
 SSランクほどの強さではない物の、相当強いはず。さすがにそんなに楽には勝てないだろう。

 流石にそうなると気が抜けないなと思いながら、リックたちは先へ進んだ。


     <<前へ 目次 次へ>>

Posted by 未来人A