「っち……」
勇者アレンは心底、不機嫌そうな表情で舌打ちをした。
ここは宿屋にある食堂、
ダンジョン攻略の後、
アレンはパーティーメンバーである5人と食事を共にしているのだが、
ピリピリした空気が流れ食事どころではなく、
誰一人出ている食事に手をつけていなかった。
ピリピリした空気の原因はアレンだ。
眉間に皺を寄せ今にも誰かを殴りに行きそうな、そんな表情をしている。
他のパーティーメンバーはみんな彼の顔色を伺って、
ビクビクと震えていた。
「な……なあアレン、機嫌直せよ……たまには失敗だってするさ、そうだろ?」
その雰囲気に耐え兼ね、パーティーメンバーの一人、
大柄で筋肉隆々な男、
アレンの幼馴染で一番付き合いの長い、
パーティーメンバーの盾役である。
ビクター・ゴールドシュミットが、
アレンにそう言った。
しかし、アレンはビクターの言葉を無視して沈黙を貫くする。
彼がここまでイラついているのは、
ダンジョン攻略がうまくいかなかったからだ。
Sランクのダンジョンに行ったのだが、
予想以上に苦戦してしまい。
途中で攻略を諦める事になってしまった。
今までほとんど失敗の無かったアレンにとっては、
初めてと言える失敗だった。
アレンはしばらく無言を貫き、数分経って重い口を開いた。
「マチルダ」
「な、何さ?」
名前を呼ばれたパーティーメンバーの一人、
魔道士の若い女性、
マチルダ・オルソンがどもりながら返事をした。
「今日、お前は何故、火属性が弱点のエルダーアラクネに雷属性の魔法を放った」
「あ、あれはさ、気が動転してたのよ、わ、悪かったわね」
マチルダはおろおろしながら答える。
「フィッツ」
「お、俺か」
今度は細マッチョで武闘家の、フィッツ・レーソンにアレンは声をかけた。
「お前は何故、俺が指示した敵と別の敵を倒しに行った」
「え? いやーそっちの方がいいかなぁと……駄目だった?」
とぼけるようにフィッツは言った。
「ドーマ……」
「は……はい……」
アレンは、錬金術師のドーマを呼ぶ時だけ、
一段と声が低くなった。
アレンはその後ゆっくりと立ち上がりドーマの席に近づいた。
「お前、今日は散々だったなぁ支援するタイミングを間違える、必要な道具をいくつか忘れる、敵を深追いして足に怪我を負う。ふざけてたのか?」
「すいません。返す言葉も無いです」
「俺はなぁあの無能がいなくなって、このパーティーは完成されたと思っていたが、気のせいだったのか? あぁ!!!??」
「すいません! すいません!」
アレンはドーマを恫喝し、ドーマは必死で謝る。
「アレン! やめとけって! ドーマも加わったばかりだから、ちょっと張り切り過ぎたんだよ、そいつ勇者のパーティーに入って戦うのが夢だったらしいからな」
慌ててビクターが止めに入る。
アレンはしばらくドーマを睨みつけた後、
睨むのをやめ、
「寝る」
そう呟いてその場から立ち去った。
アレンは一切食事には手をつけていないのだが、
こんな時は話しかけない方がいいと知っているパーティーメンバーは、
何も言わず立ち去るのを見送った。
「アレン、めっちゃ怒ってたなー」
フィッツが能天気にそう言った。
「確かに今回酷かったからねぇ……あのポンコツがいなくなって、油断し過ぎたのかしらねぇ」
「そうだなぁちょっと油断しちまってたか俺ら」
うんうんとフィッツ、マチルダ、ビクターが頷く。
ドーマは怒られて俯いており、
もう一人のパーティーメンバーである。
回復魔道士のメアリー・プラトーは苦笑いをしていた。
小柄で可愛らしい容姿をした女の子、
彼女だけは本心ではリックにやめて欲しくなかったのだが、
あまり自己主張できるタイプではなかったため、
周りが追放するべきと言った時、同調圧力に屈してしまった。
この場でもリックの悪口に反論するわけでもなくただただ苦笑いを浮かべていた。
「じゃあ俺達は飯食うか」
「そうね」
「食うかーおいドーマ! いつまでも落ち込んでても仕方ないだろ! お前も食え!」
アレン抜きで一同は食事を始めた。
◯
「くそが!」
アレンはベッドに付いていた枕を思いっきり投げ飛ばした。
部屋で一人のイライラを発散していた。
「っち、どうしてどいつもこいつもこの俺の足を引っ張りやがる」
アレンはイライラしながらそう言った。
プライドが高く世界で一番自分が凄いと思っている、
今回のダンジョン攻略失敗で自分に問題があったなどと、欠片も思わない。
「せっかく無能が切れたと思ったのに、こんな所で立ち止まっている場合じゃねぇんだ……」
アレンには勇者としての使命がある。
それはSSSランクダンジョンの攻略である。
この世界にはSSSランクダンジョンが五つあり、
それら全てが人間を滅ぼせる程の戦力を持っていると言われ、
SSSランクダンジョン のマスターは魔王と呼ばれ恐れられていた。
現在SSSランクダンジョンは他のSSSランクダンジョンと小競り合いをしているらしく、
人間の相手をしている暇など無いため、滅ぼしには来ないのだが、
いつか小競り合いが終わった時に滅ぼされる可能性が高いため。
そうなる前に対抗できる者を作り出そうという事で、
人類中の猛者の中から選び抜かれた存在が、
アレンだった。
そのアレンがSランク程度のダンジョンで失敗は許せないのである。
(しかし今日の戦い……いつものあれが発生しなかったな。あれが発生出来てたら、攻略できたはずだが……)
あれ、とはアレンが持っている特異な力で、
ピンチになると強さが劇的に上がるという能力だ。
劇的にと言った通り凄まじく強化される。
(今回もあれが発動していたら、楽勝でクリアできていたはずだ)
アレンは次は発動すると思っていた。
アレンは知らなかった。
その能力の正体を、
そしてこれからパーティーが崩壊に向かっていくことも。
この時点では何も知らなかった。
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